最新記事

中国

決壊のほかにある、中国・三峡ダムの知られざる危険性

THE TRUTH OF THE THREE GORGES DAM

2020年10月24日(土)11時50分
譚璐美(たん・ろみ、ノンフィクション作家)

2020年現在、バックウォーターの堆砂は16億トンに上るという推量もあり、2030年には40億トンまで増えて、どうにも対処できなくなる。「そうなる前に三峡ダムを破壊すべきだ」と、一部の三峡ダム批判派が主張するゆえんでもある。

建設への意見書は発禁処分に

ところで、日本のダムは「異常洪水時」の緊急放流に際して、事前警報でサイレンを鳴らし、沿川の自治体に事前通告して、住民が避難する時間をつくることが鉄則だという。では、中国はどうだったか。

中国のSNS上には、「ダムが警報なしに放流した」「堤防をブルドーザーで破壊したが、住民に予告しなかった」「深夜に急に浸水し、着の身着のまま逃げ出した」などという不満が相次いだ。

被災者は避難する十分な時間も与えられずに、家も田畑も財産も失って逃げ出したことが推察できる。これは行政の怠慢で、政治の問題ではないのか。

三峡ダムは1912年、孫文が国家建設のために「鉱山開発」「鉄道網の普及」「三峡ダムによる発電」を構想したことに始まるが、日中戦争で計画倒れに終わった。

1949年に中華人民共和国が誕生した後も、長引く政治運動で手を付けられず、文化大革命が終息した後の80年代にようやく現実味を帯びてきた。だが、発展途上の中国ではまだ「時期尚早」との声が高かった。

1989年1月、光明日報の記者の戴晴(タイ・チン)が編纂した『長江 長江』が出版された。三峡ダム建設計画について水利専門家や有識者、政治家に取材して編纂した意見書だ。「資金不足」「技術力不足」「生態系の破壊」「大量の移住者が出る」などの理由で、慎重論がほとんどだった。

その中で、戦前、米イリノイ大学で工学博士号を取得した著名な水利学者で、清華大学の黄万里(ホアン・ワンリー)教授は、堆砂の深刻さを問題視した。

「長江の三峡地区は堆積性河段(土砂が沈殿・堆積する河床部分)で、このような場所にダムを造ってはいけない。宜昌市の砂礫の年間流動量を推算すると、およそ1億トンに上る。上流域にも土砂が堆積し、ダム完成後10年以内に重慶港が土砂で塞がれる事態が発生する恐れがある」

同書をきっかけに、三峡ダムプロジェクト論争が熱を帯びた。李鵬(リー・ポン)首相を中心とする中国政府が強引に計画を推し進めるなか、同年6月4日、天安門事件が起きた。政府は民主化運動を武力で弾圧し、戴晴は「騒乱と暴乱の世論作りのために準備した」との罪で逮捕・拘禁され、今に至るまで中国では意思発表の場はない。

『長江 長江』も出版を禁止され、焼却処分になった。同書で取材を受けた有識者らも共産党から除名、降格、失業、亡命を余儀なくされた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

独クリスマス市襲撃、容疑者に反イスラム言動 難民対

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 5
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 6
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 7
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 8
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 9
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「汚い観光地」はどこ?
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 8
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 9
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 10
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中