最新記事

事件

「治安当局者がパプア人牧師射殺に関与」 インドネシア政府調査チームが公表

2020年10月22日(木)14時11分
大塚智彦(PanAsiaNews)

「治安当局の関与の可能性高い」

21日に会見した政府調査チームを率いた国家警察の幹部も「事件の直接の目撃者から事情を聴くことができず、このためあらゆる可能性を考慮して調査を進めた」として調査が困難だったことを示唆した。

そのうえで「調査チームは42人から事情聴取を行うなどの調査を先週に終えた。その結果非常に意義のある証拠を発見した。間もなくそれに基づく本格的な事件捜査がはじまることになると思う」と述べたが、「意味のある証拠」について具体的な説明はなかった。

同じく会見したマフード調整相は「調査チームの集めた現場からの証拠と情報からは、治安当局の関与を高い確率で示す結論となっている」と述べた。ただし「依然として第三者が背後で牧師射殺に関係した可能性も残っている」と付け足すことを忘れず、歯切れの悪い発言となった。

治安当局関与を認めざるを得ない事態

マフード調整相や政府調査チームを率いた国家警察幹部は14日の会見で「治安当局関係者の牧師射殺への関与濃厚」との結果を公表したものの、同時に現地での調査中にチームのメンバーであるガジャマダ大学講師と陸軍兵士の2人がTPNPBからの発砲で負傷したことも明らかにした。

さらにエレミア牧師射殺事件前の9月17に発生した軍兵士と民間人の射殺事件についてはTPNPBの犯行であるとの結論に達したことも併せて公表した。

政府調査チームの会見ではこのように牧師射殺事件に関連してTPNPBの過去の犯行、調査チームへの銃撃事案をあえて強調することで、治安当局への直接の風当たりを弱めようとする意図があるものとみられている。

ただ、政府調査チームの2人が負傷するような銃撃があったのであれば、どうして襲撃犯の拘束、あるいは射殺をその場でしなかったのか。さらにその銃撃が事実とすれば「なぜそれがTPNPBの犯行」と断定できたのか。いずれも政府側の一方的な発表だけで情報の裏付けもできず、信憑性も問われている。

一方で、人権委の調査チームは現地キリスト教関係者やエレミア牧師の家族からも直接事情を聴き、政府調査チームの聴取に応じなかった住民や目撃者などからも貴重な証言を得たといわれている。

こうした人権委の動きと人権団体からの批判を受けて政府調査チームとしてもこれまで主張してきた「武装犯罪組織(TPNPBのこと)」犯行説をひっこめざるを得なくなったものとみられている。

これまでのこうした経緯から「政府調査チームへの信頼性失墜がひいては政府の信用が失われること」を危惧した結果として治安当局者の牧師殺害への関与を認める結論を出したのは間違いないといわれている。

今回のエレミア牧師射殺事件は、インドネシアの人権問題の暗部とその調査の不公正さ、そして治安当局によるパプアでの人権侵害の醜い実態を改めて浮き彫りにしたといえるだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ギャップ、売上高見通し引き上げ ホリデー商戦好発

ビジネス

気候変動ファンド、1―9月は240億ドルの純流出=

ワールド

トランプ次期米大統領、ウォーシュ氏の財務長官起用を

ワールド

米商務長官指名のラトニック氏、中国との関係がやり玉
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中