最新記事

軍事

北朝鮮の新型ICBMは巨大な張りぼてなのか?

A 21st-Century Spruce Goose?

2020年10月21日(水)16時45分
ハリー・カジアニス(米シンクタンク「センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト」朝鮮半島研究部長)

このような兵器は、先制攻撃で破壊されることを避けるため、地上で容易に移動できなければならない。しかし北朝鮮の道路はほとんどが未舗装または、舗装の質が低いため、これほどの大きさ(と重量)のミサイルの移動に耐えるのは難しいだろう。

つまり、火星16は北朝鮮の中でもインフラの整った地域に配備され、その移動範囲は限られる。ということは、アメリカの情報機関がおおよその位置を把握し、情報を収集したり、場合によっては攻撃することも可能になる。

第2に、燃料の問題がある。火星16は液体燃料を使用しているようだ。この点では、ホワイトハウスさえも、もっと最先端の燃料システムを導入すると予想していただけに、肩透かしを食らった格好だ。

ロシアや中国がICBMに使用する固体燃料とは異なり、液体燃料は充填に12〜18時間かかる。このため、北朝鮮が奇襲攻撃を受けた場合、瞬時にこの新型ICBMを使って報復攻撃を取ることはできない。それ以外にも、使える場面は限られてくるだろう。

火星16の第3の問題点は、その発射実験に大きな代償が伴うことだ。北朝鮮は既に、長距離ミサイル発射実験と核実験のモラトリアム(一時停止)を放棄しているが、新型ICBMの発射実験を強行すれば、新たな軍拡競争の引き金を引く恐れがあることを、おそらく金は分かっているだろう。トランプが11月に再選を決めればなおさらだ。

世界へのリマインダー

この点は極めて重要だろう。世界が北朝鮮の核の脅威を目の当たりにしたのは、2017年の火星14発射実験だった。アメリカの独立記念日に行われた実験の映像は、北朝鮮がアメリカ本土を核攻撃する能力を手に入れたことを世界に知らしめた。それは約30年にわたるアメリカの外交努力の失敗を、白日の下にさらす出来事でもあった。

再びこのような実験が行われれば、少なくとも、新たな厳しい経済制裁が科されるのは間違いない。それは既に食糧不足と、3度の大型台風による被害、そして新型コロナウイルスの脅威に直面する北朝鮮にとって、一段とこたえるものとなるだろう。

さらに、その実験時にトランプが大統領だったら、「友」である金に裏切られたと、個人的な侮辱として受け止めて、かつての「炎と怒り」に満ちた口撃を再開し、核の脅しを頻繁に口にするようになるかもしれない。

だが幸い(北朝鮮について「幸い」という言葉を使うのも奇妙だが)、金は当面、新型ICBMの発射実験を思いとどまりそうだ。今回のパレードは、米大統領選の模様眺めをしている間にも、北朝鮮の核備蓄は着々と増えていることを、世界に最も強烈な形で思い起こさせることが狙いだった可能性が高い。

その狙いは見事に達成された。戦時の実用性は乏しいかもしれないが、この場合、大きさが重要な役割を果たした。

残念ながら、いい役割ではないが。

<2020年10月27日号掲載>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中