最新記事

イスラム教

「コロナワクチン、ハラルであればいいがハラルでなくてもOK」 インドネシア副大統領、前言翻す

2020年10月5日(月)21時26分
大塚智彦(PanAsiaNews)

インドネシアのコロナ感染者は10月に入り30万人を超えて東南アジア地域ではフィリピンに次ぐ多さとなり、死者は1万人を突破して域内最悪記録を更新し続けている。

こうしたなかで有効なコロナ感染防止のための対策が見いだせないジョコ・ウィドド大統領にとっては中国との共同開発で導入、投与が決まっている「ワクチン」に頼らざるをえいないのが実情なのだ。

そのワクチンに対して「イスラム教徒が接種可能かどうか調査して、可能なら認めよう」という副大統領の発言は、イスラム教徒としては原則として理解できても、コロナ禍の渦中にある国民(イスラム教徒を含めた)からは「命より宗教が優先するのか」と反発を招いたことも事実。

とくに医療関係者や人権団体などからは「ハラル認証が不可欠」とする姿勢に異議が唱えられたが、圧倒的多数を占めるイスラム教徒の最も権威があるとされるMUIの名誉議長であり副大統領の考え方に正面切って大きな声で反論しにくいという政治的、宗教的事情もあり、ジョコ・ウィドド政権としては今後ワクチンを実際に国民に投与する段階になって、この「ハラル」問題をどうするか、実は頭を悩ませていた。

「宗教より命優先」に大統領も安堵

アミン副大統領は10月2日、西ヌサテンガラ州マタラムにあるマタラム大学の創立58周年記念式典にオンラインで祝辞を寄せた。その中で「政府が現在準備しているコロナワクチンに関してハラルである必要はないと考える」との趣旨の発言を行い、実質的に「ハラルであるべきだ」とした8月の発言を翻して撤回した。

地元マスコミに対してアミン副大統領のスポークスマンは「ワクチン導入を巡る他の閣僚との協議の席でも明らかにした副大統領の発言である」としたうえで「アミン副大統領は今後投与されるワクチンがハラルであるならばそれはいいことで問題ない。しかしハラルでないとしてもそれはそれで問題ない。なぜなら(ワクチン投与は)医療上の非常事態、緊急事態であるからだ。そうである以上その使用には問題がない」と述べてアミン副大統領の真意を説明した。

このようなアミン副大統領の前言撤回はイスラム教徒をはじめとする国民の間では当然のことながら歓迎されている。

その一方で「こういう結論になることは初めから分かっており、命より宗教を優先するかのような副大統領の発言は混乱を引き起こしただけだ。命を優先するのがイスラム教であることを指導者が知らないはずはない」(インドネシア人記者)と批判、失笑する声も出ている。

このアミン副大統領の前言撤回でもっとも胸をなでおろし、安堵したのは同じイスラム教徒でもあり、「国民の命か宗教かの重大な選択を迫られる可能性」があったジョコ・ウィドド大統領自身だったのではないかといわれている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、TikTok米事業売却期限をさらに75

ビジネス

パウエルFRB議長、早期退任改めて否定 「任期全う

ワールド

グリーンランドはデンマーク領であること望まず=米国

ビジネス

中国が報復措置、全ての米国製品に34%の追加関税 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 2
    5万年以上も前の人類最古の「物語の絵」...何が描かれていた?
  • 3
    「最後の1杯」は何時までならOKか?...コーヒーと睡眠の「正しい関係」【最新研究】
  • 4
    テスラが陥った深刻な販売不振...積極プロモも空振り…
  • 5
    大使館にも門前払いされ、一時は物乞いに...ロシア軍…
  • 6
    【クイズ】日本の輸出品で2番目に多いものは何?
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    地球の自転で発電する方法が実証される──「究極のク…
  • 9
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のため…
  • 10
    アメリカから言論の自由が消える...トランプ「思想狩…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 9
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 10
    5万年以上も前の人類最古の「物語の絵」...何が描か…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 8
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中