「コロナワクチン、ハラルであればいいがハラルでなくてもOK」 インドネシア副大統領、前言翻す
インドネシアのコロナ感染者は10月に入り30万人を超えて東南アジア地域ではフィリピンに次ぐ多さとなり、死者は1万人を突破して域内最悪記録を更新し続けている。
こうしたなかで有効なコロナ感染防止のための対策が見いだせないジョコ・ウィドド大統領にとっては中国との共同開発で導入、投与が決まっている「ワクチン」に頼らざるをえいないのが実情なのだ。
そのワクチンに対して「イスラム教徒が接種可能かどうか調査して、可能なら認めよう」という副大統領の発言は、イスラム教徒としては原則として理解できても、コロナ禍の渦中にある国民(イスラム教徒を含めた)からは「命より宗教が優先するのか」と反発を招いたことも事実。
とくに医療関係者や人権団体などからは「ハラル認証が不可欠」とする姿勢に異議が唱えられたが、圧倒的多数を占めるイスラム教徒の最も権威があるとされるMUIの名誉議長であり副大統領の考え方に正面切って大きな声で反論しにくいという政治的、宗教的事情もあり、ジョコ・ウィドド政権としては今後ワクチンを実際に国民に投与する段階になって、この「ハラル」問題をどうするか、実は頭を悩ませていた。
「宗教より命優先」に大統領も安堵
アミン副大統領は10月2日、西ヌサテンガラ州マタラムにあるマタラム大学の創立58周年記念式典にオンラインで祝辞を寄せた。その中で「政府が現在準備しているコロナワクチンに関してハラルである必要はないと考える」との趣旨の発言を行い、実質的に「ハラルであるべきだ」とした8月の発言を翻して撤回した。
地元マスコミに対してアミン副大統領のスポークスマンは「ワクチン導入を巡る他の閣僚との協議の席でも明らかにした副大統領の発言である」としたうえで「アミン副大統領は今後投与されるワクチンがハラルであるならばそれはいいことで問題ない。しかしハラルでないとしてもそれはそれで問題ない。なぜなら(ワクチン投与は)医療上の非常事態、緊急事態であるからだ。そうである以上その使用には問題がない」と述べてアミン副大統領の真意を説明した。
このようなアミン副大統領の前言撤回はイスラム教徒をはじめとする国民の間では当然のことながら歓迎されている。
その一方で「こういう結論になることは初めから分かっており、命より宗教を優先するかのような副大統領の発言は混乱を引き起こしただけだ。命を優先するのがイスラム教であることを指導者が知らないはずはない」(インドネシア人記者)と批判、失笑する声も出ている。
このアミン副大統領の前言撤回でもっとも胸をなでおろし、安堵したのは同じイスラム教徒でもあり、「国民の命か宗教かの重大な選択を迫られる可能性」があったジョコ・ウィドド大統領自身だったのではないかといわれている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など