最新記事

中国

デジタル通貨を発行しても人民元の地位が上がらない理由

CHINA’S NEW DIGITAL CURRENCY

2020年9月18日(金)18時00分
エスワー・プラサド(コーネル大学教授)

中国はデジタル人民元の試験運用を開始したが PHOTO ILLUSTRATION BY CHESNOT/GETTY IMAGES

<デジタル通貨の導入が国際金融市場において中国を利する可能性は否定できないが、国内外の投資家が人民元を安全資産と見なす可能性は低い>

ほんの2、3年前まで、中国の通貨・人民元は文字どおり飛ぶ鳥(つまり米ドル)を落とす勢いに見えた。第5の国際決済通貨となり、2016年にはIMFの特別引き出し権(SDR)の価値を決定する通貨バスケットにも加えられた。

しかし勢いはそこまでだ。国際決済に占める人民元の割合は今も2%に届かない。各国の外貨準備に使われる割合も、せいぜい2%止まりだ。

中国はこの夏、主要通貨の先陣を切って中央銀行の主導するデジタル通貨を発行した。デジタル通貨/電子決済(DCEP)と呼ばれるもので、現在は4都市で試験運用中。遠からず北京や天津、香港、マカオなどの主要都市でも運用が始まる。しかしDCEP自体に、国際金融市場における人民元の地位を向上させる力はない。

小売り分野の電子決済システムで、中国が他の先進諸国に先行しているのは事実だ。デジタル人民元の導入が、国際金融市場における覇権争いで中国を利する可能性も否定できない。

だが現実は厳しい。今のところDCEPの運用は国内に限られている。国際的な取引における人民元の使用を促す上では、中国政府が2015年に導入したクロスボーダー人民元決済システム(CIPS)のほうが重要だろう。

CIPSがあれば、欧米主導の国際的な銀行間決済システム(SWIFT)を使わずに済む。アメリカの金融制裁も回避できるから、中国に石油を売りたいロシアやイランのような国にとっては恩恵となる。貿易や金融面で中国とのつながりが深い多くの途上国も、人民元建ての取引に移行しやすくなる。いずれDCEPが国際的に運用され始めれば、人民元にはさらなる追い風となるだろう。

しかしデジタル版の登場だけで人民元の地位が上がるわけではない。中国政府は依然として資本の流出入を規制しているし、為替管理も続けている。どちらの政策も、今のところ大きく変わる気配はない。

確かに中国政府は資本移動の規制を緩和し、資本収支の完全公開を目指すとしているし、中国人民銀行も外為市場への介入を減らし、市場の力に委ねると語っている。だが現実には、資本の流出入で人民元に大きな圧力がかかるたびに政府が乗り出し、資本規制や為替管理を強化している。だから誰も、中国で近いうちに資本市場の完全な自由化が実現するとは思っていない。

そうである限り、国内外の投資家が人民元を安全資産と見なす可能性は低い。安全資産となるためには信頼、つまり金融政策における法の支配とチェック・アンド・バランスの確立が必要だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

タイ、対米貿易黒字200億ドルに削減模索 農産物な

ワールド

マスク氏、州裁判官選挙に介入 保守派支持者に賞金1

ワールド

米テキサス・ニューメキシコ州のはしか感染20%増、

ビジネス

米FRB、7月から3回連続で25bp利下げへ=ゴー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中