「ルカシェンコ後」のベラルーシを待つ危険過ぎる権力の空白
A Hard and Fast Fall
「インチキ選挙だ。誰もが分かっていた」と、35歳の企業経営者イナは16日、チャットアプリで筆者に書いてきた。
イナは今回の選挙で独立選挙監視員に選ばれていた。当然、投票日は地元の投票所で投票や集計を監視するものと思っていた。ところが当日、会場の小学校に行ってみると、中には入れないと言われた。
「腹立たしかった」と、イナは振り返る。「仕方がないので、私たちは小学校の外に立って、投票所に入っていく人たちを数えた。その多くが、チハノフスカヤに投票したと言っていた」
誰に投票したかは言わないが、現体制に反対であることを示す白いブレスレットを着けている有権者もいた。「全部合わせると、少なくとも投票に来た人の45%以上がチハノフスカヤに投票したと思う。もちろん誰に投票したか悟られないようにして、チハノフスカヤにした人もいるだろう。それなのに、ルカシェンコの得票率が70%だなんて、明らかに嘘だ。私はこの目で見たんだから」
「ルカシェンコが敗北したことは明らかだ」と、イナは続けた。「あらゆる選挙区で同じことが起きた。私のような目撃者が何千人もいる」
だから人々は声を上げた。ベラルーシの人々が、これほどまでに結束して、政府に反対の声を上げたのは初めてだ。そして政府は、その声を力で抑え込むことに決めた。
ニキータ(24)はメッセージアプリのバイバーを通じて、自分は週に6日働く普通の市民だと自己紹介をした。
筆者が話を聞いた人の大半と同じように、彼も今回の選挙までは、政治に積極的ではなかった。しかし、チハノフスカヤは彼の心を捉えた。彼女は若く、カリスマ性があり、変化への切なる思いを明快に訴え掛けてくる。
ニキータたち数百万人が1票に希望を託し、息をのんでその時を待った。
開票速報を聞いて、ニキータは到底、信じられなかった。8月9日の夜、彼は数千人の市民と共に街頭で抗議の声を上げた。2昼夜にわたり、閃光手榴弾やゴム弾に耐えた。「彼らはデモ隊を制圧しようとした。市民社会に対する露骨な攻撃だった」
クリミア半島併合の悪夢
8月11日の夜、ミンスク中心部のクンチェフスカヤ駅に向かって歩いていたニキータは、民警特殊部隊(OMON)のトラックに押し込まれた。オクレスティナ通りの拘置所に到着するまで、彼らはニキータを殴打した。拘置所に入ると、約60人の拘留者と共に、ひざまずいたまま30分間、警棒で殴られ続けた。
ニキータはいかさまの裁判で13日間の禁錮刑を言い渡され、刑務所に移送されて、結局1日後に釈放された。
外に出ると、刑務所の周囲に群衆が集まっていた。食べ物や毛布を持ち寄り、釈放される仲間を待っていたのだ。ニキータは拍手で迎えられ、英雄とたたえられた。
「ベラルーシ社会の連帯を示していた。このとき、勝利を確信した。私たちが実現できることに限界はない!」
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