最新記事

中越関係

南シナ海でやりたい放題の中国、ベトナムいじめが止まらない

China’s Costly Bullying

2020年7月31日(金)17時00分
ビル・ヘイトン(英王立国際問題研究所アソシエートフェロー)

だが、ベトナム政府の負担はそれでは終わらないかもしれない。商都ホーチミンに近いブンタウ港近くには、石油掘削装置(リグ)が2カ月間放置されている。所有者の英ノーブルは、開発契約には「契約打ち切り料が定められている」というから、この事案でもベトナムは数百万ドルの補償を強いられそうだ。

このリグは、ロシア最大の石油会社ロスネフチの鉱区で使われるはずだった。レプソルの鉱区のすぐ北側で、やはり九段線に食い込んでいる。

この辺りはエネルギー資源が豊富なナムコンソン海盆と呼ばれ、ロスネフチは18年前から生産活動を続けてきた。さすがの中国も、ロスネフチの邪魔をしてロシア政府を敵に回したくないのだろうと、多くの専門家は考えてきた。

ところが今回、新たにもっと深い油井を掘って、生産活動を開始しようとしたところ、中国の示威行為が始まった。7月初旬にも中国海警局の船が近くを「挑発的に」航行していることが確認されている。今や中国は、ロシアを脅すことにさえ抵抗を感じなくなったようだ。

この海域には、日本企業が関わる開発計画もある。出光興産と国際石油開発帝石がペトロベトナムと組んで開発を進めるサオバン・ダイグエットガス田は、九段線をまたぐように位置する。

両社は既に探鉱・開発作業を終えているが、ガスの抽出施設はまだ設置されていない。出光は「2020年後半の生産開始を目指して、開発作業を進めて」いると言うだけで、プロジェクトの進捗状況について基本的に口を閉ざしている。これは帝石が抱えているトラブルも関係しているのかもしれない。

アメリカは頼りになるか

同社は同ガス田に持つ権益をめぐり、シンガポールに拠点を置くジェイドストーン・エナジーから商事仲裁を申し立てられている。ジェイドストーン側は、4年前に帝石からこの鉱区の開発権を購入する契約を結んだのに、帝石側が一方的に取りやめを通告してきたと主張している。

帝石が突然翻意した背景には、日本政府の意向が働いているのではとの見方がある。ガス田の位置ゆえに、中国から何らかの脅しを受けたとき、関係企業を日本勢で固めておいたほうが対応しやすいとの考えがあるというのだ。

米政府が7月13日に南シナ海について声明を発表したのは、こうした事件が大きな理由となっている。この中でマイク・ポンペオ米国務長官は、中国が南シナ海のほぼ全域で海洋資源を支配しようと沿岸国を「いじめる」活動は「完全に違法」だと明言した。

この声明は、アメリカが、ベトナムをはじめとする南シナ海の海洋資源開発プロジェクトを中国の介入から守るという意思表示でもある。これに対して在ワシントン中国大使館は、「完全に不当」だと反発を強めている。

どうやらこの夏、南シナ海の資源開発をめぐる争いは、ますます熱くなりそうだ。

From thediplomat.com

<本誌2020年8月4日号掲載>

【関連記事】ポンペオの中国領有権「違法」発言は米中衝突の狼煙か
【関連記事】中国が南シナ海で新たに「人工島の街」建設を計画

【話題の記事】
中国は「第三次大戦を準備している」
ヌード写真にドキュメントされた現代中国の価値観
アメリカ猛攻──ファーウェイ排除は成功するか?
美しいビーチに半裸の美女、「中国のハワイ」にまだ足りないもの

20200804issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年8月4日号(7月28日発売)は「ルポ新宿歌舞伎町 『夜の街』のリアル」特集。コロナでやり玉に挙がるホストクラブは本当に「けしからん」存在なのか――(ルポ執筆:石戸 諭) PLUS 押谷教授独占インタビュー「全国民PCRが感染の制御に役立たない理由」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中