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人種差別抗議デモ

ドイツではなぜこれまで人種差別が語られてこなかったのか BLM運動は自国の問題

2020年6月17日(水)17時10分
モーゲンスタン陽子

これらの問題を語るときよく使われるのが「腐ったリンゴ論」だ。悪質な事件を起こすのは一部の個人だけで、組織全体がそういう体質ではないという主張だが、果たしてそれで済ませて良いものだろうか。

これまでのところ、政府や警察組合はドイツ警察に「潜在的または構造的人種差別」が存在することを否定しているようだが、元警官で現ハンブルク警察アカデミー教授のラファエル・ベアーは、「このような個人のケースが増え続けているため、どこにそのようなケースをサポートする潜在的または構造的人種差別が存在するのだろうかという懸念がますます高まっている」ため、警察自体が「腐ったリンゴ論」から遠ざかり始めているとドイチェ・ウェレに述べている。「私はドイツ警察が組織的な人種差別主義とは言わないが、人種差別を止めない構造的組織的条件があるのだと思う。そしてこの問題を取り上げないことがこれまでドイツ警察指導部の最大の欠点だった」と指摘する。

ドイツではなぜ今まで人種差別が語られてこなかったのか

連邦反差別エージェンシー(ADS)が9日に発表した年間報告によると、ドイツで2019年に報告された人種差別は1176件で、前年比10%増、さらに2015年の2倍の件数となった。しかし、反差別アマドー・アントニオ基金理事長のアネッタ・カハーネは「正直言って、この数字に何か意味があるとは思えない。ドイツのように大きな国において約1200件の報告ということは、ADSが機能していない証だ」とDWに述べている。

前述のドイツ警察内に組織的人種差別はないという主張の根拠にも具体的な数字の欠如が挙げられているが、この意味でも報告システムの強化に力を入れるベルリンの新法は画期的といえるだろう。

それにしても、ドイツではなぜ今まで人種差別が語られてこなかったのだろうか。ドイツ統合・移民研究センター(DeZIM)の科学ディレクターで前ベルリンユダヤ博物館アカデミープログラムディレクターのヤセミン・ショーマンはシュピーゲル・インターナショナルのインタビューで、ドイツ人たちが自国の人種差別を認識できないのを、「とくにドイツで一般的な誤解だが、意図的な場合のみが人種差別だと思われている」と説明する。ドイツはホロコーストという極端な経験をしたため、人種差別というのは極右勢力などに率いられた組織的行為を指すと思っている人が多いようだ。

したがって、毎日の何気ない差別行為や発言を差別と気づかない人が多いと指摘する。そもそも「レイシズム」という言葉を使わずに「外国人嫌い」などという言葉で表すところにその意識の違いが出ているという。「教師たちは、苗字がドイツ風でない生徒たちに組織的に低い点数をつけているという研究結果もある(が、人種差別だと認識していない)」ともショーマンは言う。

日常的な差別の存在に無頓着

筆者はドイツに約15年暮らすが、職務質問されたことも、不当にID提示を求められたこともない。警察の人々と関わる機会も何度かあったが、みな礼儀正しく、アメリカやカナダの威圧的な警察に比べ好感すら持てるくらいだ。だが、アジア人女性はふつう彼らにとって脅威の対象ではない。アフリカ系やアラブ系の、とくに男性は、日常的にプロファイリングを受け、居心地の悪い思いをしているだろう。警察だけではない。ベルリンでは先週、大手ドラッグストアで15ユーロほどをカードで支払おうとしたドイツ生まれの黒人女性に、ドイツ風の名前が書かれたカードを疑った店員が大声でID提示を要求するという屈辱的な事件があった(つまり本人のカードであることを疑った)。店はこの後、謝罪している。

新型コロナのためにアジア人に対する差別も増えているが、アジア人に対して目を釣り上げる行為や「チン・チャン・チョン」(中国語の音を真似た侮蔑)と声をかけたりするのは21世紀の今も日常茶飯事で、しかも「友好を示しただけ」とか「悪気はない」とかの理由で差別行為とすら認識されていない。北米の人にこの話をすると、決まって理解できないというような顔をする。北米は表面上だけでも、アジア人に対するこのような行為はとうの昔に排除してしまっているからだ(差別がなくなったという意味ではない)。

ショーマンはまた、「ジプシー・ソース」などの名称がドイツの一部でいまだに使われている無神経さも指摘し、該当グループへのリスペクトの必要も説いている。筆者はカナダでジャーナリズムのポストグラジュエイト・ディプロマを習得したとき、「エスキモー・ジプシー・インディアンの3語をカナダで使ったらジャーナリスト生命はない」と教わったのだが、2011 年にドイツに戻って息子の小学校のつづり練習帳に「エスキモー」の語を見つけて驚愕したのを覚えている。

このように、日常的な差別の存在に無頓着なため、差別を見直そうとするたびに「そもそもドイツに差別はあるのか?」という「降り出しに戻る」的な議論しかなされてこなかったと、今、多くの識者が指摘する。アメリカの事件がきっかけとなって、今度こそ建設的な対話が生まれるだろうか。

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