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感染症対策

施設閉鎖要請・指示と補償はセットか──緊急事態宣言下の施設閉鎖要請・指示の前提条件

2020年4月16日(木)15時45分
松澤 登(ニッセイ基礎研究所)

補償措置なしに要請・指示が出せなければ、感染拡大は免れない(4月10日、記者会見における小池百合子東京都知事) Issei Kato-REUTERS

<補償の財源確保の見通しが立たないために、施設閉鎖要請の発出が遅れた自治体があった。緊急事態宣言による要請・指示と補償の関係を憲法にさかのぼって考える>

*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2020年4月14日付)からの転載です。

新型コロナ緊急事態宣言の前に」と「新型コロナ緊急事態宣言で何が変わるか」という二本の「研究員の眼」を書いたことから、新型コロナ感染症対策について、何度か質問を受ける機会があった。自信をもって回答できなかった項目の一つに「施設閉鎖要請・指示と補償はセットなのか?」というものがあった。東京都は早い段階で、施設閉鎖要請を行った先の事業者に、休業協力金を支給するとの方針を示した。収入の途絶する事業者に対して、協力金を支給することは、それ自体で見れば何の問題もなく、むしろ望ましいように思える。

しかし、事はそう単純ではない。報道によれば、緊急事態宣言の範囲に含まれる県のうちには、施設閉鎖要請発出への決断が東京都より遅れたところがある。そして、それが施設閉鎖要請に対する協力金についての財政措置の確保ができる見通しがないことが理由であるらしいことだ。

このことをどう考えるべきなのであろうか。先の研究員の眼で書いた通り、不動産や物資を提供させた相手方には通常生ずべき損失の補償をしなければならない(新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法)第62条)。他方、外出自粛要請や施設閉鎖要請・指示に対して補償は規定されていない。

このような内容を定めた法律が適正かどうかは、憲法にさかのぼって考えざるを得ない。不動産・物資の提供については憲法第29条で読める。すなわち、「財産権は、これを侵してはならない」(第1項)、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」(第3項)である。したがって土地、物資に対しては、正当な補償を行えば、提供を求めることができる。

これに対し、施設閉鎖要請・指示は条文上、「公共のために用いる」とは言いにくい。施設閉鎖や営業自粛を要請・指示するだけで、国や都道府県が収用するわけではなく、憲法第29条を直接適用するのはむつかしそうだ。

手掛かりは憲法第31条ではないかと考える。憲法第31条は適正手続きの保障(デュー・プロセス)であり、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」とするものだ。この条文は本来、刑事事件に適用されるもので、法律で定められた適正な手続きによらなければ、刑罰を科すことはできないとするものだ。

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