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北朝鮮「拷問死したアメリカ人学生」がはばむ文在寅の五輪誘致
北朝鮮に長期間拘束されたアメリカ人学生ワームビアの歯列は、帰国時に変形していた Kyodo/REUTERS
<南北共同開催の五輪誘致は、金正恩に対するご機嫌取りだけでは実現しない>
米紙ワシントンポストが18日、文在寅大統領が推進する2032年五輪の南北共同誘致を「絵に描いた餅」と批判したことは、すでに本欄でも触れた。
同紙は同じ記事で、「大学生オットー・ワームビア氏がなぜ平壌訪問中にポスターを破った疑いで監獄に閉じ込められ、昏睡状態に陥り、米国に帰国した直後に死亡したのかを思い出せ」と述べ、深刻な人権侵害が横行する北朝鮮で五輪を開催することの不可能なまでの難しさを指摘した。
ズレた歯列の写真
米バージニア大学生のオットー・ワームビアさん(当時22歳)は北朝鮮に長期拘束された後、昏睡状態で解放され、その直後に死亡した。筆者はこの問題が、いずれ米朝関係に大きく影を落とす可能性を以前から指摘してきたが、南北関係も(限定的ながらも)影響を受けることが、この記事により示された形だ。
米ワシントンDCの連邦地裁はすでに、ワームビアさんが北朝鮮から拷問を受けていたことを認定している。
その有力な証拠のひとつは、2014年からワームビアさんの歯の治療に当たっていたタッド・ウイリアムス博士が同地裁に提出した複数の写真だ。それらを見比べると、北朝鮮で拘束される前のワームビアさんの歯並びはきれいなのに、その後の写真では下の中央の歯2本が歯列の内側へ大幅に移動していることがわかる。
<参考記事:北朝鮮が拷問か...死亡の米大学生の歯列変形。米メディアが写真公開>
連邦地裁はこうした証拠を根拠に、ワームビアさんの両親が起こした損害賠償請求訴訟で、北朝鮮に対し5億0100万ドル(約552億円)の支払いを命じている。つまり、この問題は法的な解決が求められているのであり、仮に米朝の対話ムードが復活したとしても、うやむやには出来なくなっているのだ。
実際、トランプ米大統領はハノイでの米朝首脳会談の際、この問題を巡り金正恩党委員長の言い訳を受け入れたかのような発言をし、米国世論の激しい反発を浴びた。
文在寅政権は以前から、北朝鮮との対話を優先し、人権問題からはあえて目を逸らす姿勢を取り続けている。確かに、金正恩氏の機嫌を損ねないようにするためには、必要なことかもしれない。
しかし五輪の誘致は、金正恩氏に対するご機嫌取りだけで実現するものではない。世界各国から「北朝鮮の人権問題はどうするのだ」と問われた時、せめて相手を納得させられる答ぐらいは持っている必要がある。しかし、任期の半分以上にわたってこの問題から逃げてきた文在寅氏が、今さら軌道修正を決断できるとはとうてい思えない。
<参考記事:「韓国外交はひどい」「黙っていられない」米国から批判続く>
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。