最新記事

日本

それでも民主主義は「ほどよい」制度だろう

2020年1月21日(火)17時45分
待鳥聡史(京都大学法学部教授)※アステイオン91より転載

国会議事堂 Mari05-iStock.


近い将来、「多数派の専制」など民主主義の欠陥をビッグデータや人工知能(AI)が補完できるようになるため、選挙による代議制民主主義は不要になるという議論がある。はたしてそうなのか? 民主主義の未来について、待鳥聡史・京都大学法学部教授が論じる。論壇誌「アステイオン」91号の「可能性としての未来――100年後の日本」特集より。

民主主義は、過去一〇〇年間で最も正統性を高めた政治体制であろう。一〇〇年前といえば第一次世界大戦が終わった直後だが、世界に民主主義体制を採用する国は多くはなかった。

当時、現代世界を構成する国家の大多数は植民地の地位に置かれていた。独立国家においては君主制か共和制かという分岐線がなお大きな意味を持っており、一九世紀までに共和制を確立していたアメリカやフランスに加えて、敗戦国のドイツ、革命直後のロシアや中国が君主制から共和制に転じたばかりであった。君主を戴かなくなった国内での政治権力配分は流動的で、政治参加の範囲はなお拡大の途上であった。

その後の一〇〇年の変化は目を見張るものがある。日本もまた、その流れに棹さした国の一つであった。一九一九年の衆議院議員選挙法改正では、なお有権者資格に満二五歳以上の男子で直接国税三円以上納付という性別と財産の制限があった。だが、二五年の改正で成人男子普通選挙が導入され、四五年には選挙権の年齢下限を二〇歳に引き下げ、女性の参政権を認めた。二〇一五年には選挙権の年齢下限が一八歳になった。この間には公選対象となる公職も拡大し、四七年には第二院が貴族院から参議院に代わって公選化、地方の首長公選も始まった。四七年に施行された日本国憲法は、言論や結社の自由と司法部門の独立を保障した。

制度面での民主主義(代議制民主主義)の確立には、政治権力の創出が社会構成員のほぼ全員からなる有権者によってなされること、政治権力を目指す勢力の間に自由な競争があること、政治権力を担う勢力を別の勢力によって抑制する仕組みが存在すること、という三つの充足が必要である。これはロバート・ダールの古典的な定義に基づいているが、日本が代議制民主主義を確立したのは戦後だと分かる。

それでは不十分だという批判は常にあり、選挙以外の方法での社会構成員の参加機会を拡大すべきだ、あるいは選挙後の政策決定を政治家のみに委ねるのではなく社会構成員が熟議によって関与できるようにすべきだ、といった見解も珍しくない。

その半面では、社会構成員の多数派が誤った判断をした結果として生じる「多数派の専制」への懸念は古くから語られてきた。近年では、社会構成員が日常的あるいは無意識的に行っているさまざまな選択に基づくビッグデータや、それを学習し体系化する人工知能(AI)が「最大多数の最大幸福」を導く最適な公職者や政策の選択を行ってくれるから、選挙による代議制民主主義はもはや不要になるという議論もある。

なお足りないとも、もう要らなくなるともいわれる民主主義は、一〇〇年後の日本ではどうなっているのだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、タイ従業員1000人を削減・配置転換 生産集

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中