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「ゴーン劇場」に振り回され続けた13カ月──日仏の司法制度の狭間で

So Many Unanswered Questions

2020年1月15日(水)18時00分
西村カリン(AFP通信記者)

日本では自白が証拠で、自白を得るために厳しい取り調べが行われる、推定有罪原則がある、拘置所での食事はお米だけ......などの報道もあり、それを信じているフランス人が多い。フランス人には日本の司法制度は非常に理解しづらいから、注意すべきだと私はずっと言っているが、そうすると「日本の司法制度の賛成派」と言われてしまう。

私は記事の中で「人質司法」の表現は使っていない。インタビュー相手が「人質司法」と言ったら、当人の責任なので書くが、それ以外では書かない。検察や警察が勾留期間を利用し、自白を得た事件がないと言いたいわけではない。ただ、この捜査や取り調べのやり方が日本の司法制度の全てであるわけではない。

日本の司法を理解してもらうには、背景説明も欠かせない。例えば日本の刑事裁判での有罪率は99%を超える。これはフランス人から見たらひどい数字だ。「起訴されたら有罪になる」と考えるからだが、彼らは自国の有罪率が94%前後なのを知らない。

日本での逮捕された人数、起訴と不起訴の割合を報道しなければ誤解が生まれる。起訴率(交通違反を除く)の割合は約50%と高くはない。もしも有罪率が10%か20%だったとしたら、なぜ罪のない人がこんなにも裁判を受けたのかと批判されるだろう。だから、日本の有罪率は高いから司法制度が公正ではない、フランスの制度は公正だとは言えない。

逃亡や記者会見への批判

ゴーン事件の証拠はまだ公表されておらず、「ゴーンが悪い」「日産が悪い」あるいは「検察が悪い」と言えない状況だ。ただ確かに、裁判前の130日間の勾留は厳しいと思う。フランスで同じような容疑だったら、たぶん勾留されなかった。それでも、司法制度そのものとゴーン事件は別々に考えるべきだ。

妻に会えないからつら過ぎて、逃げるしか選択肢がなかったと説明したゴーンは、本気でそう言っていると思う。彼は家族を大事にする人として知られている。妻との接触禁止という保釈条件がなければ、逃げなかった可能性はある。多くのフランス人から見て、妻に会えないという条件はつら過ぎる。

事件の最初の頃からフランスの世論は割れていて、日本の司法制度の被害者だと言う人がいれば、容疑があるから裁判に任せるしかないと言う人もいる。それでも逃亡についてはマスコミも政治家も、多くの一般人も厳しく批判した。レバノンでの記者会見も説得力に欠けたと言われた。「ゴーンは金持ちで、コネがあるから逃げることができたが、違法で許されない行為だ。日本の裁判を受けたくなかったのが主な理由だ」という意見が多い。

今後は可能なら、日本の検察が何らかの方法で証拠を公表すればいいと思う。公正な裁判が多くの疑問を解決するはずだが、それがほとんど不可能になったのは残念だ。

<本誌2020年1月21日号掲載>

【参考記事】ゴーン追放で日産が払った大きな代償
【参考記事】ゴーンだけではない 身柄引き渡しに抗う世界の経営者

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