最新記事

環境

生態系のサイクルを、気候変動が破滅的に狂わせる

A World out of Sync

2019年11月9日(土)17時00分
チャーリー・ガードナー(英ケント大学講師)

シジュウカラの仲間と毛虫の関係も気候変動の影響を受ける MMCEZ/SHUTTERSTOCK

<「早い春」の到来による気温上昇は生物間の相互依存メカニズムを破壊しかねない>

自然は季節のサイクルに合わせて変化する。春の到来と共に木の葉が芽吹き、渡り鳥が姿を見せ、ハチやチョウが出現する。

多くの生物種にとって、春の訪れは成長と繁殖の始まりを意味する。だが気候変動によって、自然界の季節の「合図」にタイミングのずれが発生している。この現象によって地球環境のさまざまな要素が変調を来し、生態系を破壊しかねない。

世界中の温帯地方や極地で春の到来が早まり、生き物たちの反応に違いが目立ち始めた。その理由は、それぞれの種が異なる季節の合図に反応しているためだ。例えば一部の種は最後の雪解けに反応するが、別の種は日照時間に反応する。

合図のタイミングのずれが広がるにつれて、既に一部の捕食者と獲物など、互いに影響し合う生き物たちの繁殖期もずれ始めている。種のライフサイクルにとって決定的に重要な生物間の相互作用を破壊しかねない変調だ。この問題は「フェノロジー(生物季節)のミスマッチ」と呼ばれている。

ヨーロッパナラの森に生息するシジュウカラの仲間やマダラヒタキなどの野鳥は、ひなの餌を毛虫に依存しているが、毛虫の出現時期が以前より早まっている。その結果、ひなの食欲が最大になる頃には、毛虫の数がピークを過ぎているため、繁殖の成功率が低下する。オランダでは、マダラヒタキの個体数が90%以上減少した。

このようなミスマッチは、気温上昇が世界平均よりもはるかに早く進む極地付近ほど顕著になっている可能性がある。グリーンランドでは1990年代半ば以降、昆虫の個体数が最大になる日が年に1日以上のペースで早まっている。

ミスマッチが発生しているのは、捕食者と獲物の相互作用だけではない。植物と花粉媒介者の関係に影響を与えているケースもある。野生ランの一種オフリス・スフェゴデスの花は、ヒメハナバチ科の仲間の雌に似た姿をしており、フェロモンを放出して雄バチをだまして呼び寄せる。そうやって雄バチに受粉を媒介させているのだ。

温暖化増幅の可能性も

オフリスの花は、雄バチと雌バチの出現時期の間のわずかな「窓」の期間に開花するので、雄は花と交尾するしかない。だが春の気温が上がり、雌の出現時期が早まっている。そのため窓の期間が短縮され、オフリスの受粉を雄バチが媒介する機会も減るとみられている。

こうしたミスマッチは直接関係する種だけではなく、生態系全体に波及する可能性がある。例えば鳥と毛虫のミスマッチが発生すると、鳥に捕食される危険性が低下した毛虫は木の葉を大量に食い荒らし、それが連鎖反応的に木の葉を食べる他の昆虫に影響を与え、さらにこれらの昆虫を捕食する動物にも影響を及ぼしかねない。

地球温暖化を増幅する「気候フィードバック」に影響する可能性も指摘されている。アラスカでは野生のガンの一種クロネズミガンの渡りからの帰還が早まると、その餌となる植物が減少する。それによって生態系の二酸化炭素排出量が吸収量より大きくなり、気候変動を悪化させるというわけだ。

気候変動が自然に及ぼす影響については、不明な点がまだ多い。フェノロジーのミスマッチは特に複雑な現象だ。それでも生息地の破壊や外来種、汚染の影響を既に受けている生物種や生態系が、重大な脅威に直面していることは間違いない。

The Conversation

Charlie Gardner, Lecturer in Conservation Biology, University of Kent

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<本誌2019年10月22日号掲載>

20191112issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

11月12日号(11月6日発売)は「危ないIoT」特集。おもちゃがハッキングされる!? 室温調整器が盗聴される!? 自動車が暴走する!? ネットにつなげて外から操作できる便利なスマート家電。そのセキュリティーはここまで脆弱だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

モスクワで爆発、ドネツクの親ロ派武装組織幹部死亡 

ビジネス

「裏切り」「侮辱」、米関税にカナダ国民反発 旅行中

ビジネス

香港GDP、第4四半期前年比+2.4% 外需が寄与

ビジネス

ユーロ圏1月CPI速報、前年比+2.5%に加速 サ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 5
    メーガン妃からキャサリン妃への「同情発言」が話題…
  • 6
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 7
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 8
    トランプ「関税戦争」を受け、大量の「金塊」がロン…
  • 9
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 10
    思いつきのアドリブに前言撤回...トランプ大統領、就…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中