【全文公開】韓国は長年「最も遠い国」だった(映画監督ヤン ヨンヒ)

KOREA, MY OTHER “HOMELAND”

2019年10月8日(火)17時40分
ヤン ヨンヒ(映画監督)

1959年末から「帰国事業」が始まった。これは戦後日本に残った在日コリアンに対して、北朝鮮を「地上の楽園」とうたい移住させた政治的移民プロジェクトである。当時、日本社会の民族差別に苦しんでいた多くの在日コリアンは、北朝鮮に行けば無償の教育、医療、住宅が保障され幸せに暮らせるという強烈なプロパガンダを信じた。ほとんどの日本のメディアが朝鮮人に対する棄民政策を、「民族の大移動」と美化したからである。

magSR191008yangyonghi-3.jpg

HARRY CHUN FOR NEWSWEEK JAPAN

NYで初めて出会った「韓国」

同時期、韓国政府も在日コリアンの受け入れを拒否していたのに対し、朝鮮総連は北朝鮮支持者拡大のためのプロパガンダを推し進めた。59〜84年の間、日朝両国の赤十字社による共同プロジェクトとして実行された「帰国事業」で、9万3340人(※注)の在日コリアンが日本から北朝鮮へ移住した。

※注:日本国籍者約7000人含む

当時、14、16、18歳だった私の3人の兄たちも北朝鮮に送られた。息子たちを「祖国」にささげた後、両親は朝鮮総連の熱血活動家になった。「祖国」から送られた痩せ細った息子たちの写真を見た母は、取りつかれたように仕送りを始めた。私の目に両親は「息子たちを人質に取られた」忠臣に映った。「北」の体制を擁護する父と、兄たちを奪われたと嫌悪感を示す私との間でけんかが絶えなくなった。

日本で生まれ育ちながら「朝鮮」籍を有するため海外への渡航が不便だったが、両親は私が国籍を変えることを許さなかった。両親の生き方を否定することだと言うのだ。私は家族のつながりを重んじる儒教的価値観を恨みながら、「難民パスポート」のような再入国許可証を持って、中国、タイ、バングラデシュなどを取材しビデオジャーナリストとして活動を始めた。国外に出るたび、ビザの取得が大変だった。

magSR191008yangyonghi-4.jpg

HARRY CHUN FOR NEWSWEEK JAPAN

同時に北朝鮮にいる家族を訪問し、ビデオカメラで撮影を続けた。家族の物語をドキュメンタリー映画にしたいと考えながら平壌と大阪で撮影を重ねた。両親と自分に対して率直な作品を作ることは、平壌にいる家族の安全を脅かしかねないというリスクを伴った。映像制作者としての「覚悟」を決めるには自分は未熟過ぎた。そのため父の反対を押し切って、映画について学ぼうとニューヨークへ向かった。

両親との確執を引きずったまま97年に30代半ばでニューヨークに飛び込んだ私は、さまざまなエスニックコミュニティーを取材し、2000年からニュースクール大学大学院メディア研究科で学んだ。映画について学ぶ韓国からの留学生たちと急速に親しくなった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E

ビジネス

米国株式市場=ダウ終値で初の4万ドル台、利下げ観測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中