最新記事

サイエンス

人工培養された小さな脳がヒトと類似した脳波を発生

2019年9月3日(火)18時30分
松岡由希子

10カ月が経過した脳オルガノイド Muotri Lab/UCTV

<米カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームは、実験室で人工培養された脳からヒトのものと類似した脳波を発生させることに成功した......>

実験室で人工培養された脳からヒトのものと類似した脳波が発生したことが、このほど世界で初めて確認された。

幹細胞生物学の学術雑誌「セル・ステム・セル」で2019年8月29日に公開された研究論文によると、米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のアリソン・ムオトリ教授を中心とする研究チームは、ヒトの多能性幹細胞から試験管内で作製した「脳オルガノイド(組織構造体)」と呼ばれる豆粒大の人工脳をヒトの脳に似た細胞構造を持つものへと発達させることに成功。

培養開始からおよそ2ヶ月で脳波が検出されはじめた。未熟児の脳でみられるように、信号はまばらで、同じ周波数であったという。その後、「脳オルガノイド」が成長していくにつれて、信号が定期的に現れるようになり、様々な周波数が検出された。これは「脳オルガノイド」のニューラルネットワーク(神経網)がさらに発達したことを示すものだ。

ヒトのような機能的ニューラルネットワークに発達

「脳オルガノイド」は、脳の発達環境を模した培養液中に幹細胞を置き、これを様々な種類の脳細胞に分化させ、三次元構造へと自己組織化することにより形成されたもので、ヒトの正常な神経発達や脳の進化の解明、疾病のモデル化、創薬スクリーニングなどに活用されている。

これまでにもヒトの脳に似た「脳オルガノイド」が作製された例はあるが、ヒトのような機能的ニューラルネットワークへと発達させたのは今回が初めてだ。

研究チームでは、培地の製法を最適化するなど、幹細胞の成長によりよい方法を設計し、神経活動をマルチ電極アレイ(MEA)でモニタリングしながら、10ヶ月にわたって「脳オルガノイド」を培養した。これによって、「脳オルガノイド」が従来の手法によるものに比べてより成熟させることができたとみられている。

d41586a.jpg

外側でより成熟した「脳オルガノイド」Muotri Lab/UC San Diego

自閉症、てんかん、統合失調症などの解明に役立てたい......

なお、「脳オルガノイド」が意識などの精神活動を有しているとは考えにくい。ムオトリ教授は「この『脳オルガノイド』は非常に初歩的なモデルであり、他の脳の部位や構造を持っていない。『脳オルガノイド』が発する脳波は、実際の脳の活動とは関係がないだろう」としたうえで、「将来的には、行動や思考、記憶を制御するヒトの脳の信号と近しいものが検知されるようになるかもしれない」と述べている。

研究チームでは、今後、「脳オルガノイド」を改善し、自閉症、てんかん、統合失調症など、ニューラルネットワークの機能不全に関連する疾病のさらなる解明に役立てたい考えだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中