インドが「核の先制不使用」を捨て去る日
From ‘No First Use’ to ‘No, First Use?’
その外交努力は2000年代半ばに、ほぼインドの狙いどおりに実を結んだ。アメリカとインドは2005年に民生用の原子力協力協定の基本合意に達した。
2008年には国際原子力機関(IAEA)の承認を経てインドの「特例扱い」が認められ、晴れてNPTの枠外で核保有国として承認された。
つまり、昨年8月に死去したバジパイの一周忌に合わせたシンのこの発言は、「責任ある核保有国の地位を獲得する」基盤を築いた元首相の遺産をなぞるものでもあった。
シンが示唆した「状況」がどのようなものかは定かでないが、ナレンドラ・モディ首相の現政権が既にその「状況」を見据えているかもしれないことは、想像に難くない。パキスタンが小型核兵器を開発していることは、インドが通常兵力で軍事行動に出る余地を狭めている。
今年2月、インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方をめぐり、インド軍がパキスタン領内を空爆した。パキスタンを拠点とするイスラム過激派組織ジャイシェ・ムハマドが、インドの治安部隊を自爆テロ攻撃したことが引き金だった。
カシミール地方でインド軍が数十年ぶりに越境したことは、核の先制不使用の原則の下でも、インドが武力衝突の危機を高められることを示した。パキスタンが代理勢力を動かしてインド人の血を流し続けるなら、核兵器の裏に隠れ続けることは許さない、という警告だ。
現政権で大胆な決断も
一方で、クラリーとナランがインターナショナル・セキュリティーの論文で詳細に説明しているとおり、インドの歴代政権は、精密誘導兵器と諜報や偵察能力の強化に莫大な投資を続けている。核ドクトリンのあらゆる変更に備えているのだろう。
問題は、モディ政権が先制不使用の原則をどこまで本気で変えようとしているのかだ。
モディは安全保障に関してあまり警告せずに、予想外で重要な行動を取りたがる傾向がある。2月の空爆に続いて、3月末にはミサイルを用いた人工衛星の破壊実験を実施した。
8月初めには、インドが実効支配するジャム・カシミール州に数万の兵士を派遣して封鎖。同州に一定の自治を認める憲法370条を廃止して自治権を剥奪した。こうした動きは、いずれ――近いうちに――核政策でも大胆な決断を下すという前兆なのだろうか。