最新記事

安全保障

インドが「核の先制不使用」を捨て去る日

From ‘No First Use’ to ‘No, First Use?’

2019年8月31日(土)11時50分
アンキット・パンダ

その外交努力は2000年代半ばに、ほぼインドの狙いどおりに実を結んだ。アメリカとインドは2005年に民生用の原子力協力協定の基本合意に達した。

2008年には国際原子力機関(IAEA)の承認を経てインドの「特例扱い」が認められ、晴れてNPTの枠外で核保有国として承認された。

つまり、昨年8月に死去したバジパイの一周忌に合わせたシンのこの発言は、「責任ある核保有国の地位を獲得する」基盤を築いた元首相の遺産をなぞるものでもあった。

シンが示唆した「状況」がどのようなものかは定かでないが、ナレンドラ・モディ首相の現政権が既にその「状況」を見据えているかもしれないことは、想像に難くない。パキスタンが小型核兵器を開発していることは、インドが通常兵力で軍事行動に出る余地を狭めている。

今年2月、インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方をめぐり、インド軍がパキスタン領内を空爆した。パキスタンを拠点とするイスラム過激派組織ジャイシェ・ムハマドが、インドの治安部隊を自爆テロ攻撃したことが引き金だった。

カシミール地方でインド軍が数十年ぶりに越境したことは、核の先制不使用の原則の下でも、インドが武力衝突の危機を高められることを示した。パキスタンが代理勢力を動かしてインド人の血を流し続けるなら、核兵器の裏に隠れ続けることは許さない、という警告だ。

現政権で大胆な決断も

一方で、クラリーとナランがインターナショナル・セキュリティーの論文で詳細に説明しているとおり、インドの歴代政権は、精密誘導兵器と諜報や偵察能力の強化に莫大な投資を続けている。核ドクトリンのあらゆる変更に備えているのだろう。

問題は、モディ政権が先制不使用の原則をどこまで本気で変えようとしているのかだ。

モディは安全保障に関してあまり警告せずに、予想外で重要な行動を取りたがる傾向がある。2月の空爆に続いて、3月末にはミサイルを用いた人工衛星の破壊実験を実施した。

8月初めには、インドが実効支配するジャム・カシミール州に数万の兵士を派遣して封鎖。同州に一定の自治を認める憲法370条を廃止して自治権を剥奪した。こうした動きは、いずれ――近いうちに――核政策でも大胆な決断を下すという前兆なのだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 8
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 9
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 10
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中