最新記事

宇宙開発

月面にクマムシ持ち込みは問題ないのか? 「惑星検疫」の国際ルール

2019年8月14日(水)15時30分
秋山文野

fruttipics-iStock

<クマムシが月面に「放置」されていることに問題はないのだろうか? 宇宙探査を行う際に「惑星検疫」「惑星防護」といった防護措置を行うルールが明確化されている......>

2019年4月、月に衝突したイスラエルの民間月着陸探査機「ベレシート」が搭載していた微生物クマムシは、月面で生き延びているかもしれない。Wired誌が報じたニュースが話題となっている。

クマムシが月面に「放置」されていることに問題はないのか

ベレシートは民間企業、団体による月探査レースGoogle Lunar X PRIZE(GLXP)に参加していたイスラエルのチームスペースILが開発した月着陸探査機。GLXPがレースの勝者なしとして終了した後、独自に打ち上げ米スペースXのファルコン9ロケットを調達して月探査を実施する予定だった。

2019年2月に打ち上げられたべレシートは、4月に探査の行程でも最難関といえる月着陸に挑戦。しかし、途中でスラスター(小型エンジン)のトラブルから月に降りるための減速が予定通り行われず、月面に激突して着陸に失敗した。

ベレシート探査機には、月の観測機器の他にアーチミッション財団による地球の歴史に関する3000万ページ分のデジタル資料をおさめたDVDサイズの「ルナ・ライブラリー」が搭載されている。この中には、ヒトのDNAサンプルとなる25人の毛根と血液サンプルのほか、乾眠状態のクマムシが収められていた。

IMG_0143.jpg

アーチミッション財団による「ルナ・ライブラリー」 Credit: Arch Mission Foundation

NASAの月周回探査機LRO(ルナ・リコネッサンス・オービター)が4月に撮影したベレシート衝突後の月面観測写真が公開され、探査機の衝突地点と損傷の状態が明らかになった。機器は損傷しているものの、高温や極度の乾燥、放射線に強いクマムシは衝突を生き延びているかもしれない、と関係者は期待を持っていると明かした。クマムシ活動に適さない環境では代謝を止めて乾眠状態となるが、水が与えられるとまた活動を再開できる。

(参考記事)月面衝突した探査機に残されたクマムシが月で生き延びている?

真空、高温、極低温の月面で、最強生物の異名を持つクマムシが生き延びているとすれば興味深いものの、探査機衝突によりクマムシが月面に「放置」されていることに問題はないのだろうか? 月の環境で自然に水が与えられ、クマムシが活動するといったことは考えにくいが、いわば外来生物を持ち込んでしまったようなものだ。倫理的な問題はないのか、とも思われる。

アポロ計画時に生まれた「惑星検疫」「惑星防護」のルール

地球から月面に最初に持ち込まれた生物といえば、ヒトが挙げられる。アポロ計画の宇宙飛行士たちは、地球から月面に赴いて活動した大型の生物だ。アポロ11号、12号、14号の宇宙飛行士は、帰還後に3週間隔離され、月から危険な微生物を持ち帰っていないかどうか徹底的に検査された。

宇宙飛行士からすればありがたくない措置だが、3回のミッション後検査により、月から有害な生物を持ち帰り地球を汚染する可能性は極めて低いと判断された。アポロ15号以降は、こうした措置は行われなくもよいことになった。

ただしこれは、地球以外の天体から生物を持ち帰ってしまうタイプの危険に対する措置であり、地球から他の天体への汚染を懸念しての措置ではない。当時、月の生物の可能性もまだ考えられていたが、アポロ探査機が持ち帰った月面サンプルによって可能性はほとんどないことがわかった。

アポロ計画などの有人宇宙探査、また無人探査機による惑星探査が現実のものとなる時期、地球への持ち込みと地球からの持ち出し、双方向の微生物汚染の問題をどのようにするか、という国際的な枠組みづくりが行われていた。1958年に国際組織COSPAR(宇宙空間科学研究委員会)が組織され、宇宙探査を行う際に「惑星検疫」または「惑星防護」といった防護措置を行うルールが明確化された。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中