フランスの航空運賃課税は、暴動を防ぐマクロンの苦肉の策
じつは、かつては高速道路の料金の一部が今回飛行機への課税の理由とされた鉄道などのインフラ整備のための負担金として徴収されており、管轄する交通インフラ資金調達庁の予算の半分をしめていた。民営化とともにこれもなくなった。148億ユーロの高速道路会社株の売却収入のうち40億ユーロが交通インフラ資金調達庁に割り当てられたが、その資金も枯渇してしまった。そこで、オランド大統領の時代に、一般国道を走る3.5トン以上のトラックに環境税をかけようとした。課税のために、対象となる車を感知する装置までフランス中に設置された。しかし、2013年の秋、黄色いベストならぬ「赤いニット帽」を被った運動でだめになった。民衆に装置は壊され、システム受注した民間会社からは違約だと訴訟を起こされた。しかも高速道路からの負担金の代わりに使われたのが燃料税であった。
おりから、大阪G20の最中に南米南部共同市場(メルコスール)とEUの自由貿易協定が締結された。批准手続きにまだ数年かかるが、7月3日のEU首脳会議でマクロン大統領は全面的な賛成を表明した。
これによって、アルゼンチンなどの牛肉の輸入価格が一気に下がる。だが農民団体からは「車と引き換えに農家を殺すのか」と早くも大きな抗議の声があがっている。
飛行機ボイコット運動よりずっと過激
たしかに、春になるとともに「黄色いベスト」の動員数は減り、静かになった。しかし、この運動のもとになった格差への庶民の不満はあいかわらずくすぶっている。激しさと組織力で知られる農民運動をきっかけにいつ覚醒するかしれない。
一方、牛肉は、フランス国内でも十分に生産できているのに、なぜ南米からわざわざCO2を撒き散らして飛行機で運ぶのか、遺伝子組み換え飼料や薬品の使用などについて十分な検査もおこなわれていないとエコロジストも反対している。
5月末に、エコロジストや左翼の「不服従のフランス」などから列車で5時間以内のところの飛行機路線は廃止するという議員立法がだされた。あのときには、スウェーデンでうまれた飛行機ボイコット運動(「飛び恥」運動)がメディアやSNSで話題になったので、それに乗っかっただけ、という感じで、別に国民運動にもならなかった。
だが、農民運動と「黄色いベスト」とエコロジーの組み合わせは危ない。しかも、猛暑異常気象で地球温暖化が肌で感じられている。
このリスクを察知して先手を打ったのだろう。果たして、マクロン大統領の思惑通りに行くのだろうか。
[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。
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