最新記事

民主主義

サル山から見たポピュリズムの現在地

WHAT WOULD MONKEYS THINK OF POPULISM?

2019年5月28日(火)16時30分
内田樹(神戸女学院大学名誉教授)

人間のサル化は進むのか MICHAEL UTECH/ISTOCKPHOTO

<欧米を席巻する秩序破壊デモは「今さえ、自分さえよければそれでいい」と騒ぐ朝三暮四の群れと変わらない>

「ポピュリズム」というのは定義の難しい言葉である。政治用語として頻用されているが、それは必ずしもその語の定義について集団的合意が成立していることを意味しない。

用語の定義は普通、同一カテゴリーに属する他の語との差異に基づいて理解される。「民主主義(デモクラシー)」なら「民衆による支配」という、誰が主権者であるかによる分類に基づいており、定義ははっきりしている。

その対義語は「王制(モナーキー)」や「貴族制(アリストクラシー)」や「寡頭制(オリガーキー)」や「無政府状態(アナーキー)」といった政体である。だから、誰かが「民主主義を廃絶せよ」と主張したとすれば、その人は代替するどれかの政体の支持者であることを明らかにしなければならない。

「ポピュリズム」はそうはゆかない。というのは、その対義語が何であるかについて合意が存在しないからである。

欧米の政治学の論文を読むと、ポピュリズムはほぼ例外なく「これまでの秩序を揺るがす不安定なファクター」という意味で使われている。だが、「これまでの秩序」は論者によって違う。トランプ米政権の統治についても、ドイツの移民政策についても、イギリスの貿易政策についても、バチカンの宗教政策についても、「これまでの秩序」を揺るがす動きは「ポピュリズム」というタグを付けることができる。

「生産性がない」と切り捨てる

こういうとき、一意的に定義されていない語で物事を論ずる愚を冷笑する人がいるけれど、私はそれにくみしない。「一意的に定義されていない語」が頻用される場合には、間違いなく「これまでの言葉ではうまく説明できない新しい事態」が発生しているからである。

そういう場合は用語の厳密性よりも、「新しい事態」を浮かび上がらせる「前景化」を優先してよいと私は考えている。では、ポピュリズムという定義が定まらない語によって指し示されている「新しい事態」とは何か?

私見によれば、ポピュリズムとは「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」という考え方をする人たちが主人公になった、歴史的過程のことである。個人的な定義だから「それは違う」と口をとがらす人がいるかもしれないけれど、別に皆にこの意味で使ってくれと言っているわけではない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中