最新記事

北朝鮮

「使えるのは1日たった3時間」北朝鮮の電力難が制裁で悪化

2019年5月9日(木)16時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※NKNewsより転載

2015年9月に発電施設の建設現場を視察する金正恩 KCNA-REUTERS

<首都郊外の拠点都市で1日のうちに電気が使えるのはたったの3時間――これから農村部で「田植え戦闘」が始まれば都市部ではさらに電気が来なくなる>

北朝鮮は慢性的な電力難の状態にあるが、最近の一時期は改善の兆しも見えていた。しかし国際社会の制裁が長引くにつれ、各地から電力事情の悪化が伝えられている。

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、首都・平壌郊外の流通の拠点、平城(ピョンソン)の電力事情を伝えた。現地では朝に1時間、夜に2時間、合わせて1日3時間だけ電気が供給されており、朝は電気が来ないこともしばしばある。

参考記事:「金正恩印」のお菓子作りに失敗した5人の悲惨な運命

これが今後、さらに悪化する見通しとなっている。理由は「田植え戦闘」だ。

北朝鮮では、都市住民を大量に農村に送り込み、一気に田植えを済ませる「田植え戦闘」が行われるが、当局はそれが本格化する今月中旬から電気を農村に優先的に供給する。そうなると、都市部には電気が来なくなってしまうのだ。

金氏一家の銅像などをライトアップするために使われる電気を供給する1号線と呼ばれる系統は電力供給が保たれているが、それ以外は工場にも一般家庭にもまともに電気が来ていない状況だ。

実は平城の電力事情は昨今、改善しつつあった。市内を走るトロリーバスは長年開店休業状態だったが、2017年末から本数が増加、昨年からはほぼ正常レベルの運行に戻っていた。

しかし、冬頃から状況が悪化したようだ。「2月16日(光明星節、金正日総書記の生誕記念日)にも電気が3時間しか供給されなかった」という現状を考えると、トロリーバスの運行は再び止まったものと思われる。

大活躍しているのがソーラーパネルだ。北朝鮮の家庭の多くが自宅にソーラーパネルを設置し、不足する電気を補っている。しかし、「照明やテレビを数時間使うのがやっと」(情報筋)で、冷蔵庫や洗濯機などはとても使えない。

これに対して国営メディアは、石炭の増産が解決策だと主張している。

朝鮮労働党機関紙・労働新聞は先月8日の社説で「電力生産の基本は火力による電力増産だ」「火力発電所をフル稼働するには石炭生産を確固とした前提にさせなければならない」と主張した。

これに対して住民の間からは「問題は石炭生産ではなく、発電所設備の改善」との指摘が上がっていると情報筋は伝えた。順川(スンチョン)と北倉(プクチャン)の火力発電所は、それぞれ1基しか発電機が使えない状況だという。つまり、設備の老朽化が問題ということだ。また、老朽化が今ほど進んでおらず石炭生産が順調だった1980年代でも、電気を満足に使えたことはなかったというのが、現地住民の証言だ。

北朝鮮の内部文書にも、発電設備の老朽化を示す数字が記されている。

週刊エコノミスト5月7日号が報じた、北朝鮮の極秘文書「国家経済発展戦略(2016~2020年)」によると、発電設備の現存能力は設備の7割の518万キロワットに過ぎず、2014年の生産実績も518万キロワットに過ぎない。これでも2003年から2013年の年平均244万キロワットに比べたら改善したものだ。

これに対して北朝鮮は水力だけでも2022年までに600万キロワットの設備を増やし、火力は150万キロワット以上、自然エネルギーは30万キロワット以上の供給量を確保する方針を示しているが、昨今の電力事情は計画通りに進んでいないことを示している。

参考記事:北朝鮮で「ダム崩壊」の危機...軍兵士らの死亡事故も多発

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。


[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

dailynklogo150.jpg


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

韓国政府「市場安定に向け無制限の流動性を注入」、ウ

ワールド

ネタニヤフ氏、停戦は戦争終結でないと警告 イスラエ

ワールド

ウクライナ、新型国産ミサイルの試験実施 西側への依

ワールド

ヒズボラ停戦合意崩壊ならレバノン自体を標的、イスラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計画──ロシア情報機関
  • 4
    スーパー台風が連続襲来...フィリピンの苦難、被災者…
  • 5
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 6
    なぜジョージアでは「努力」という言葉がないのか?.…
  • 7
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    「92種類のミネラル含む」シーモス TikTokで健康効…
  • 10
    赤字は3億ドルに...サンフランシスコから名物「ケー…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中