「平成最後の日」に見た「令和に受け継がれてゆく桜」
平成最後の「散り際の桜」

2019年4月30日の蓼科の朝は、雨上がりの濃い霧に包まれたひんやりとした気候だった。車で原村の深叢寺に着くと、桜は予想通り散り際に差し掛かっていた。本堂まで続く参道は、両側の桜並木から散ったピンク色の花びらで覆われていた。
ソメイヨシノに比べて小ぶりで赤みの強い高遠コヒガンザクラの花は、高原の冷涼で引き締まった空気にふさわしい、きりっとした風情を感じさせる。深叢寺は、小さな村の小さなお寺で、普段は観光客が押し寄せるような所ではないが、この日は他県ナンバーの車も数台停まっていて、家族連れが桜並木にカメラを向けている姿が見られた。 僕も早速、カメラを手に参道に向かう。並木道の中間点にある山門付近に構図を合わせると、サーッと高原の冷たい風が吹き、風に舞う花びらがファインダー越しに見えた。その絵は僕にとっての「平成最後のイメージ」となって、ずっと心の片隅に残るだろう。
令和にまたぐ「咲き始めの桜」
有名な観光名所になっている聖光寺の方には、20台ほどの乗用車と大型観光バスが1台停まっていた。それでも、例年の満開時に比べれば人影は少ない。蓼科湖から道路を隔てた所にある広い境内は、約300本のソメイヨシノで埋め尽くされている。朝の高原の濃い霧の中、山門脇の桜の木に近づくと、ポツポツと花をつけはじめているのが確認できた。 開いたばかりの初(うぶ)な花びらには、水滴がついていた。そんな霧に浮かぶ初々しい桜も良いではないか。隣でカメラを向けていた男女に声をかけると、同じことを考えていたという。写真の教え子と撮影に来たという、地元写真家の51歳男性は、「平成最後というのは特に意識していなかったなあ。でも、霧の中の桜ってなかなかないじゃない。青空をバックにした満開の桜もいいけれど、良い時に来たと思いますよ」と話していた。
最も花が開いていたのは、本堂の近くの鐘つき堂脇に立つひときわ大きなソメイヨシノとシダレ桜だった。その前でご両親の記念写真を撮っていた若い女性に声をかけると、平成元年生まれだと明かしてくれた。千葉県から家族でバスツアーに参加し、富士五湖方面からここまで、季節の花だよりを巡ってきたという。
「平成最後」の先にある継続性

聖光寺では、8組の観光客やカメラマンに声をかけたが、「平成最後の桜」を意識していたのは、一眼レフカメラを構えていた東京の47歳の男性1人だけだった。この人は、花をメインに撮っているアマチュアカメラマンで、これまで各地で「平成最後」を念頭に桜などを撮ってきたという。 一方、鐘つき堂脇のソメイヨシノを撮っていた横浜市の49歳の男性は、こう語った。「時代の区切りではありますが、自然はずっと同じように続いていくわけじゃないですか。桜の姿からは、むしろそんな継続性を感じます」
それは、僕がこの2019年4月30日の桜の姿に感じていたことと、全く同じだった。令和に移行するGW後半には、深叢寺の桜は葉をつけ、聖光寺の桜は満開になっているだろう。そして、その自然のサイクルは、この先もずっと続いてゆく。今日のこの日の桜は「平成最後の桜」ではなく、「令和に受け継がれてゆく桜」だったのかもしれない。
余談だが、撮影に同行してくれた僕の飼い犬の『マメ』は、この平成最後の日が15歳の誕生日だった。