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剛腕ゴーンが落ちた「コンプライアンス・クーデター」の闇

Ghosn is Gone

2018年11月29日(木)16時40分
北島 純(経営倫理実践研究センター主任研究員)

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記者会見で日産の西川はゴーンの「罪」を明らかにしたが Issei Kato-REUTERS

しかし、有価証券報告書の記載は一般に公開されていた既知の事実だ。なぜこのタイミングで問題になったのか釈然としない。ゴーンが「個人情報だからSARは記載しないように」などと高圧的に指示した事情があったとしても、財務情報の開示は上場企業の法人としての義務であり、日産は会社として8年も虚偽記載を放置していたことになる。「アメリカなら証券詐欺に当たる重罪だ」と戒めることもなく会社として黙認してきたとすれば、当時の取締役の善管注意義務違反も問われかねない。にもかかわらず、なぜ日産はゴーンの不正を告発したのか。

密約が引き金になった?

事件の背景にあるのが、仏ルノーと日産の経営統合戦略だ。

日産株を43・4%保有しているルノーの稼ぎの約半分は日産がたたき出している。ルノーの筆頭株主である仏政府は近年、アライアンスの維持だけでは飽き足りず、「不可逆的な連携」として、ルノーによる日産の統合を推進させる圧力を強めてきていた。財政再建策として国有企業株の売却を推し進めているフランス政府は、影響力の希釈化を防ぐべく14年に株式を2年以上保有している株主の議決権を2倍にするフロランジュ法を成立させており、ルノーでの発言力も倍増している。

今年6月のルノー株主総会でゴーンが会長に再任されるに当たり、それまでアライアンスの現状維持路線を取っていたゴーンとエマニュエル・マクロン仏大統領との間で「日産の経営統合を行う」という密約が交わされたとの噂も流れた。

危機感を抱いたのは日産である。99年の資本提携で経営危機から救済してくれた恩があるとはいえ、現在の経営状況の実力からするとルノーに統合されるのは容認し難い。アライアンスの守護神であったはずのゴーン会長が統合へ舵を切る姿勢を見せたことが呼び水となって「ゴーン追放」の機運が高まった可能性がある。

ゴーンを告発する「内部通報」が半年前にもたらされたのが単なる偶然か、それともこのような機運の中での戦略的な動きだったかは不明だ。

司法取引が生んだ造反劇

いずれにせよ今回の事件は、コンプライアンス違反を糾弾することで経営トップの追放に成功したという意味で、コンプライアンスを錦の御旗に掲げた「クーデター」の一種だったと言える。日産側からすれば組織を防衛するための「義挙」かもしれないが、司法捜査当局を巻き込んで組織トップを追放したに等しいのであればクーデターのそしりは免れない。

今回のコンプライアンス・クーデターを可能にしたのが、18年6月から施行された日本版司法取引である。これまでは、内部告発を行えるだけの十分な情報を持っている社員は、自身が違反行為に関与していることが多く、その場合、自分も摘発されてしまうことを恐れて告発を躊躇せざるを得なかった。しかし司法取引の導入によって、他人の刑事事件で捜査に協力すれば刑事処分の減免を受けることが制度的に担保されたのだ。

コンプライアンスを大義に掲げた腐敗の糾弾は、法令遵守という、いわば最強の錦の御旗を掲げるものであるが故に、しばしば権力闘争における権力維持あるいは奪取の手段として用いられる。例えば、中国の習近平(シー・チンピン)政権による権力確立過程で多くの政敵が腐敗を理由に摘発され、失脚した。

ベトナムやサウジアラビアでも同様に、腐敗撲滅が大義に掲げられて有力者が失脚している。これらは権力を奪取するクーデターというよりも、既に権力を有している側による政敵の排除だ。正確には綱紀粛正と言うべきだが、歴史的には腐敗糾弾を掲げて政権を崩壊させる本来の意味でのクーデターも多くある。

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