内戦の趨勢が決したシリアで、再びアレッポ市に塩素ガス攻撃が行なわれた意味
反体制派は反論するが、欧米諸国は黙りを決め込む
反体制派は反論した。報復を約束していた国民解放戦線のアブドゥッラッザーク大尉は25日、「アサド軍は塩素ガスでアレッポ市の複数の地区が砲撃されたというウソを広めようとしている」と述べ、攻撃の事実自体を否認した。国民解放戦線の報道官を務めるナージー・ムスタファー大尉も「革命家たちがアレッポ市を砲撃したという主張、とりわけ塩素ガスを装填した砲弾で狙ったという犯罪者体制の主張を否定する...。シリアで塩素ガスを保有しているのは彼らだけだ」と反論した。
反体制系サイトのオリエント・ニュースやアレッポの門も、「某医療筋」の話として、アレッポ市内の病院には有毒ガスによると見られる呼吸困難の症状を訴えた患者は搬送されていないと伝え、政府側の報道がフェイクだと主張した。
だが、反体制派の庇護者であるトルコの対応は冷ややかだった。トルコ外務省は25日の声明で、フルシ・アカル国防大臣がロシアのセルゲイ・ショイグ国防大臣と電話会談し、「最近の挑発行為が非武装地帯設置合意を阻害することを狙ったものだとの認識で一致した」と発表し、攻撃が行われたことを認めたのだ。声明によると、両国防大臣は、同様の攻撃が続いた場合の対応についても協議したという。
一方、欧米諸国は黙りを決め込んだ。2017年4月と2018年4月には、シリア軍が化学兵器を使用したと断じ、ミサイル攻撃に踏み切っていた米国は、国防総省が27日に、「シリア政府が偽りの口実につけ込んで、イドリブ県を攻撃しないようにすることが不可欠だ」、「化学兵器攻撃が行われたと疑われている現場を改ざんしないようロシアに警告する」、「公正且つ透明性に基づいた調査がされるようロシアに求める」といった控えめな声明を出しただけだった。
化学兵器使用の争点化に欧米諸国はことのほか無関心
化学兵器禁止機関(OPCW)のフェルナンド・アリアス事務総長は26日、「シリアに事実調査団を派遣できるかを探っている」と述べ、真相究明への意思を示し、シリア政府もOPCWに正式に調査を依頼した。た。だが、これまでに幾度となく発生してきた化学兵器使用疑惑事件と同様、塩素ガスが使用されたか否か、そして実行犯が誰なのかを特定することは容易ではない。OPCWの調査で何らかの結論が得られたとしても、それについて内戦の当事者たちがコンセンサスに達することはなく、真偽をめぐるプロパガンダ合戦が繰り返されるだけなのだ。
ただ、今回の攻撃に限って見てみると、こうした不毛なやりとりが行われる兆候はない。反体制派の化学兵器使用が争点となることに、欧米諸国がことのほか無関心だからだ。政府支配地域で起きた塩素ガス攻撃について反駁することは、シリア内戦の趨勢が決した今となっては、いかなる情報操作・拡散をもってしても至難の業だ。こうした困難に敢えて挑んだとしても、反体制派の中核となって久しいアル=カーイダ系組織を直接間接に支援してきた欧米諸国の黒歴史が蒸し返されるだけなのだ。
現下の最大の懸念は、ロシアとシリア政府が、今回の塩素ガス攻撃を口実として、一度は猶予したイドリブ県の反体制派支配地域への総攻撃を再開することだろう。だが、こうした懸念も当たらないように思える。
むろん、ロシア軍は25日に、シャーム解放機構を含む反体制派が活動を続けるアレッポ市西部のラーシディーン地区郊外一帯、ハーン・トゥーマーン村に対して、非武装地帯設置合意以後初めてとなる爆撃を行い、シリア軍も同地に砲撃を加えた。だが、ロシア・シリア両軍が攻撃を拡大する気配はない。トルコも、シリア軍の停戦違反を粛々と記録するだけで、ロシアとシリア政府に異を唱えようとはしていないのだ。
そこには、大規模な戦闘をもってイドリブ県の問題を決着させたくないという当事者たちの意思が見て取れる。内戦終結を見据えたロシアとシリア政府は、復興を軌道に乗せるにあたって、住民の間に禍根を残すような戦闘を好ましいとは思っていない。トルコも、自らが支援してきた反体制派が大敗を喫することや、シリア難民が再び国内に流入してくるのを避けたいと考えている。
こうした暗黙の了解のしわ寄せを受けるのは、結局のところは反体制派だ。そして、事態の悪化を回避するため、これまで以上に彼らを手なずけねばならないのはトルコである。その意味で、アレッポ市での塩素ガス攻撃は、ロシアとシリア政府が総攻撃を行う布石ではなく、両国に対してトルコを劣勢に立たせる事件だったと言える。