イギリスが欧州の「孤島」になる日
No-Deal Brexit Looming
港湾周辺は非常事態に
一方、荷待ちトラックの大渋滞が予想される港湾周辺は、それほど楽観できる状況ではなさそうだ。イギリス政府は、主な港の近くにある高速道路を一時的に閉鎖し、巨大な駐車場に転用する計画を検討している(きっと恐怖の大災害映画の一場面みたいな光景になる)。
政府はまた、主要な港の混乱を想定して、フェリー船団をチャーターして重要物資の輸送に充てることも考えている。
年間250万台もの大型トラックが行き来するドーバー港では、通関に2分余計にかかるだけで(ロンドンと港を結ぶ)高速道路M20に30キロ近い渋滞が発生すると予想される。ちなみに英食品飲料連盟のイアン・ライトによれば、通関検査には最大で7~8分かかるという。
渋滞に巻き込まれた運転手にとって、問題は長い待ち時間だけではない。政府の公表した「合意なき離脱への備え」によれば、イギリスの運転免許証はヨーロッパ各国で通用しなくなる可能性がある。そうであれば、英仏海峡を越えて荷物を運ぶドライバーは出発前に、国際運転免許証を取得しておかなければならない。もちろん、それには費用がかかる。
ドーバー港から3キロほど北にあるガソリンスタンドにいたトラック運転手のジェイミーは本誌に、ブレグジットの不確実性は「かなり気になる。いったいどうなるのか誰も分かっていない」と語り「残念だが、私たちにできることはあまりない。現実を受け入れ、様子を見る。待つしかない」と続けた。
もしも国境地帯でトラックが足止めを食えば、積み荷の食料も一緒に立ち往生する。ちなみに英国内で消費される食料の約3割はEUからの輸入品だ。
9月には環境・食料・農村省に政務次官職が新設された。EU離脱に備えて食料の供給を確保することがその職務だ。ただし政府は表向き、さほど心配はないとしている。
しかし業界サイドは警鐘を鳴らし続けている。合意なき離脱なら食品小売業界のコスト増は最大で93億ポンドとの推定もある。いずれは価格に転嫁され、消費者が負担することになる。
食品飲料連盟のライトによると、見通しは「大変厳しく」、業界は憂慮している。「以前は人騒がせもほどほどにと言われたが、本当に大変なことなのだ」。とりわけ小規模な生産者は致命的な打撃を受けかねない。
買い置きできない薬も
ある日突然、国内各地のスーパーマーケットの棚が空っぽになるわけではない。しかし日々の買い物で選択肢が減ることは覚悟すべきだろうとライトは言う。本格的に供給が途絶えることになれば、「過去40年の間にイギリスの消費者が当たり前と思うようになった選択肢と製品の範囲が大幅に、しかも急速に変化するだろう」。
だから多くの市民が「最悪の事態」に備え始めた。ロンドンで広告関係の仕事をしているグラスゴー出身のジェニファー・マケンヒル(36)は、国民投票ではEU残留に賛成した。離脱が決まっても、まさか「ブレグジット非常グッズ箱」を用意することになるとは思っていなかったが、さすがに数カ月前からは普段より多めに買い物をするようになったという。
いざというときのため、食品は余分に買い置きしている。パスタ類や缶詰のほか「洗面化粧用品、鎮痛剤、シャンプー、歯磨きなど、貧しい人のためのフードバンクのような品ぞろえ」だとマケンヒルは本誌に語った。数年前なら、こんな準備をするのは「精神的にアブナイ人」と感じただろうとも。
しかしEU離脱にまつわる不確実性に気付いて考えを変えたそうだ。「計画性がない。政府は市場の物流と供給チェーンの仕組みをろくに理解していないようにみえる」と、マケンヒルは指摘した。「想定内で最良のシナリオの場合、買い置き品は使わないで済む。いずれにせよ、1年くらいで使い切れる量だ」