最新記事

北朝鮮

北朝鮮経済特区に「制裁不況の風」......「まだ生ぬるい」との見方も

2018年11月13日(火)15時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

先月、建設現場を視察に訪れた金正恩 KCNA/REUTERS

<中国企業の誘致や中国人観光客によって潤っていた北朝鮮北東部のラソン経済特区だったが、ここにも経済制裁が深刻な影響を及ぼしている>

北朝鮮の北東部に位置する羅先(ラソン)経済特区。中国から30キロという地の利を生かして、アパレル業、水産加工業など多くの中国企業を誘致すると同時に、カジノや新鮮なシーフード目当ての多くの観光客を引きつけ、国内では平壌に次いで豊かな地域と言われてきた。

そんな羅先にも、一向に解除される気配のない国際社会の制裁が影響を及ぼしつつある。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が語る。

「制裁のせいで入るもの(輸入)も、出ていくもの(輸出)もブロックされてしまった。羅先の経済は以前と比べてダメになった。特にアパレル製品や魚を(中国に)売れなくなったため、ここ(羅先)の人たちはとてもつらそうにしている」

昨年8月に国連安全保障理事会で採択された対北朝鮮制裁決議2371号は、羅先の主力産業であるシーフード業界を直撃した。中国人観光客の多くは、地元では買えない日本海の新鮮なイカ、カニなどのシーフードを求めて羅先にやってきていたが、制裁でこれらを中国に持ち帰られなくなったため、彼らが地元に落とす外貨が減っているのだ。

首脳会談後の中朝関係改善で、中国では「北朝鮮観光ブーム」が起き、新義州(シニジュ)など国境に面した都市には中国人観光客が殺到しているが、羅先の人々はさほど恩恵が得られていないようだ。

水産加工業が苦しいのも同じだ。

「イカなどのシーフード、様々な水産加工品が羅先の経済成長を先導してきたが、今やたまに行う密輸で糊口をしのぐ有様」(情報筋)

制裁指定を受けていない農業にも影響が出ている。

羅先では、ビニールハウスでの野菜栽培が盛んで、その資材は中国から輸入していた。しかしどういうわけか、今年になってから輸入が難しくなったというのだ。密輸で取り寄せる手もあるが、ワイロなどが上乗せされ値段が上がってしまう。

羅先の野菜市場を巡り、中朝両国の農民間で激しい競争となっているが、良質な肥料などを手軽に安く確保できる中国の農民に軍配は上がる。今や、食卓に上がる野菜の7~8割が中国産だと情報筋は語る。

「税関職員による過度なワイロの要求で、一部輸入品の価格が高騰している」(情報筋)

輸出入が減り、ワイロのネタが少なくなったため、1件あたりのワイロの額が上がってしまった模様だ。そんな状況で、農業用資材の価格が高騰するとなると、北朝鮮農業が競争力をさらに失ってしまうのは火を見るよりも明らかだ。売れないものを作ってもしょうがないと、現地では野菜栽培を諦める雰囲気が広がっているという。

情報筋は経済的な困窮を示すエピソードとして、次のような話をした。

「2年前までは高くともなんとか手が届いたバナナだが、今では1キロ12元(約200円)もするので、とても手が出せない」

北朝鮮の他の地域に住む人々から「何を贅沢言ってるんだ」と反発を買いそうな話だが、制裁前の羅先はそれほどリッチだったということを示している。

国際社会の制裁が北朝鮮国民の暮らしにどの程度の影響を与えているか、その全体像はわかっていない。平壌より地方の方がひどいことは確かだが、地方間でも差が激しいもようだ。

例えば、金正恩党委員長が力を入れる革命の聖地、三池淵(サムジヨン)に近い両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)では、手抜き工事問題が発生しつつも、多数の新築マンションが建てられるなど建設ブームに沸いている。

参考記事:触ると崩れるコンクリ壁...手抜きマンション「崩壊前夜」の恐怖

その一方で、鉄鉱石の輸出で潤っていた咸鏡北道の茂山(ムサン)は、鉱山の操業中断で経済的苦境に陥り、親が子を捨てて逃げ、多くのコチェビ(ストリート・チルドレン)が発生する事態となっている。

参考記事:北朝鮮有数の鉱山が操業中断、路頭に迷う子供たち

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中