最新記事

LGBT

同性キス写真で拘束、女装には消防車で放水リンチ LGBTへ人権侵害続くインドネシア

2018年11月7日(水)19時55分
大塚智彦(PanAsiaNews)

こうした自警団の行為に対しインドネシア法律援護協会(LBH)は、自警団が行った行為はいかなる法律にも基づいていない人権侵害行為であると非難。「インドネシアの法律は非人道的行為を認めていない。夜間に公の場所で人間に放水するなど自警団員の私的な正義感の解釈に基づくもので容認できない」としている。

インドネシアではイスラム法(シャリア)が適用されているスマトラ島北部のアチェ州以外では同性愛は違法ではなく、LGBTの基本的権利は守られていることになっている。しかしそれはあくまで建て前で、インドネシアではLGBTへの弾圧、迫害、人権侵害が往々にして行われ、警察当局や行政当局も救いの手を差し伸べることをほとんどしないのが現状である。

「男性復帰」の訓練、再教育も

インドネシアではこれまでにも男性の同性愛者への人権侵害事件がたびたび発生、国際社会から手厳しい批判を受けている。

2017年10月には首都ジャカルタで警察によるサウナ施設の一斉手入れが行われ、客の同性愛者、従業員、オーナーなど58人が逮捕されている。近隣住民から「売春施設ではないか」との苦情を受けた警察が内偵捜査をした後、踏み込んだという。逮捕者の中には中国人、タイ人、オランダ人の外国人6人も含まれていた。

さらに2018年1月28日にはイスラム法が施行されているアチェ州でやはり同性愛者がよく仕事をしている理髪店が摘発され、男性同性愛者12人が拘束された。(「インドネシア、警察が同性愛者に「男性復帰」を強制指導」参照)

この時拘束された同性愛者は拘留施設で男性の服装に着替えさせられ、長髪を坊主頭にされ、男性らしさを取り戻すための歩き方、発声練習などを強制されて「男性復帰の再教育」を受けさせられた。

LGBTから「私たちも同じ人間」と訴え

ランプン州のLGBT団体では今回のトランスジェンダー3人の身柄拘束に関連して当局に訴追しないように要請するとともに「私たちも同じ人間であるという現実を見つめてほしい。警察・軍・自警団などの人に、性的な志向に関わらず私たちも他のインドネシア人と同じ権利があるということを理解してほしい」と訴えている。

地元からの情報によるとこれまでのところ、3人に対して放水をした自警団関係者に対しては、警察の取り調べなどは一切行われていないという。

インドネシアは2019年4月に大統領選、国会議員選を控え、大多数のイスラム教徒の意向に配慮することが得票獲得には不可欠なことから、イスラム教徒の行動に政治家、治安組織などが歯止めをかけることが難しくなっている。今後さらに「少数派」への人権侵害事案が増大することが懸念されている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中