最新記事

核・ミサイル開発

北朝鮮への経済制裁は「抜け穴だらけ」

Sanction That Wasn't

2018年10月19日(金)17時40分
前川祐補(本誌記者)

禁輸対象である軍事車両が6台、中国から北朝鮮へと渡っていた Bobby Yip-REUTERS

<国連制裁を受けながら、なぜ北朝鮮は核開発を続けられたのか――制裁担当者が語る驚きの裏舞台>

9月末に開催された国連安全保障理事会は、1つの議題をめぐり紛糾した。北朝鮮に対する制裁緩和だ。

6月の米朝首脳会談を受けて北朝鮮が核実験場の一部を解体したことなどから、ロシアと中国は制裁の緩和を主張。一方のアメリカは「完全で検証可能な非核化」が確認されるまでは徹底した制裁の継続が必要だと反論した。

議論は常任理事国以外にも広がり、スウェーデンが国連制裁の緩和に同調すると10月初旬には韓国も独自に科してきた対北制裁の解除に言及した。一方で、日本はアメリカと足並みをそろえ制裁決議の履行を訴え続けている。

だが、そもそも北朝鮮に対する制裁とは何だったのか。国際社会が紛糾するほど影響力のあるものだったのか――。10月12日、制裁の深部を描いた『北朝鮮 核の資金源 「国連捜査」秘録』(新潮社)の著者、古川勝久氏(国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員)に第17回新潮ドキュメント賞が贈呈された。古川氏は式典のスピーチで、「制裁問題に継続して向き合っているのは北朝鮮だけ」と皮肉交じりに語り、制裁の虚構ぶりを表現してみせた。

その古川氏が米朝首脳会談直前に本誌のインタビューで語ったのは、制裁をめぐる生々しい国際政治の現実だ。国家間の駆け引きと妥協、欺瞞と怠慢、隠蔽と暴露が交錯する「制裁の政治学」。改めてその裏舞台を知れば、いま繰り広げられている制裁緩和をめぐる国家間のバトルも、どこか空々しい茶番劇に見えてくるだろう。

<以下、本誌2018年6月19日掲載記事>
北朝鮮が06年に行った1回目の核実験に対して、国連安全保障理事会で最初に制裁決議が採択されてから12年がたった。以後、昨年12月までに計10回にわたり制裁決議が採択されたが、北朝鮮は核計画を「完遂」した。果たして制裁の効果はあったのか。国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員を4年半務め、昨年12月に『北朝鮮 核の資金源「国連捜査」秘録』(新潮社)を刊行した古川勝久に本誌・前川祐補が聞いた。

***


――ドナルド・トランプ米大統領は、北朝鮮が外交路線に切り替えたのは制裁による圧力が影響したからだと語った。効果は本当にあったのか。

一定の効果があったことは間違いないが、どれくらい決定的なのかは正直分からない。5月くらいまでの北朝鮮の物価や、ドルなどとの為替レートをならして見ると安定している。国連安保理で対北制裁が決議されると、その直後には物価に影響が出るが、しばらくすると落ち着く。理論上は北朝鮮の貿易の9割を取り締まっているはずなのが、思ったほど市場価格に反映されておらず建設プロジェクトなども継続されている。制裁の効果を測るには定量的なデータに乏しいのが実情だ。ただ、北朝鮮の朴奉珠(パク・ポンジュ)首相が「国家経済発展5カ年戦略」の目標が達成できていないことを認めている。北朝鮮にとっては、現地点で致命的な影響が出ているかどうかよりも、このままではジリ貧になることを懸念していた節があり、その意味で制裁は先手を打ったという側面があったと思う。

――効果があったのは国連加盟国が制裁に対して協力したからか。

必ずしもそうではない。彼らが本腰を入れてくれていればもっと多くの制裁違反行為を摘発できたが、実際はひどい体たらくだった。制裁の目的は北朝鮮の核やミサイル、大量破壊兵器などに関係する人・モノ・カネ・技術の移動を阻止すること。そのためには国連加盟国がそれぞれ丁寧に法律を作り、制裁違反の防止や懲罰のための法執行体制の整備が必要だが、ほとんどの国がそれをやっていない。結局のところ、効果は非常に大ざっぱな中国のマクロ的圧力によるところが大きい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中