最新記事

朝鮮半島

銃撃された北朝鮮の亡命兵士が驚異的な回復、現場は平和地帯に

2018年10月18日(木)11時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

軍事境界線の地雷の撤去作業を警護する韓国軍兵士(今月2日) Song Kyung-Seok/REUTERS

<南北がにらみ合う軍事境界線で北朝鮮兵士が銃撃された後、韓国に亡命した事件から1年。現場は「平和地帯」に衣替えしようとしている>

昨年11月13日、北朝鮮軍兵士1人が、南北や国連軍(在韓米軍)がにらみあう板門店(パンムンジョム)の非武装地帯(JSA)内で軍事境界線を駆け抜け、韓国に亡命する事件があった。北側の追撃兵らは、拳銃と自動小銃で銃撃。被弾した亡命兵士は瀕死の重傷を負った。

その一部始終を捉えた監視カメラ映像は全世界に公開され、衝撃を呼んだ。

2015年8月には、韓国軍兵士2人が北朝鮮側の仕掛けた対人地雷に接触。身体の一部を吹き飛ばされた際の動画が公開されたが、「銃撃亡命動画」はこれとともに、南北が一触即発の状態にあったことを示す歴史的資料と言える。

参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士...北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

しかし、銃撃亡命事件から1年を経ずして、JSAは「平和地帯」に衣替えしようとしている。

北朝鮮と韓国、在韓国連軍司令部は16日、南北軍事境界線がある板門店(パンムンジョム)で3者協議体の初会合を開催。板門店の共同警備区域(JSA)の非武装化のため必要な措置について話し合った。

9月の南北首脳会談に際して調印された軍事分野合意書では、JSAからの地雷撤去や見張り所の撤収、相互による非武装化検証までの期間を約1カ月としており、早ければ今月中にもこうした措置が完了する見込みだという。

また、3者協議体はこの日の会合で、JSAの非武装化が完了した後は、同地を訪問する南北の観光客や外国人がJSA内の南北双方のエリアを自由に往来することができるように合意した。実現すれば、まさに画期的な措置だ。

韓国の情報筋によれば、件の亡命兵士は銃撃で受けた傷もほとんど回復し、現在は社会生活を送っている。20代半ばと若いとは言え、受けたダメージの大きさを考えれば、驚異的な回復力だと思わざるを得ない。

参考記事:必死の医療陣、巨大な寄生虫...亡命兵士「手術動画」が北朝鮮国民に与える衝撃

彼をはじめ、韓国に逃れた脱北者たちには新たな身分が与えられており、韓国旅券も発給されている。つまりは非武装化後のJSAを訪問し、北側エリアに入ってみることも可能なわけだ。

もっとも、北朝鮮国民は国内・国外を問わず、旅行が厳しく制限されている。というより、ほとんど許されていないから、JSAに行きたくても行けない。海外に逃れた脱北者と、北朝鮮に残る家族が連絡を取り合い、JSAで再会を果たす余地はゼロではないが、北朝鮮当局に露呈するリスクの大きさもあり、まだまだ現実的ではないだろう。

JSAが非武装化されても、本当の平和はまだ先なのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中