最新記事

北朝鮮

北朝鮮が非核化で騙したら軍事行動も......米国で再び強硬論が台頭

2018年7月4日(水)11時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

東部海岸沿いの元山で、かつての軍事施設を観光施設に作り変える事業を視察する金正恩 KCNA-REUTERS

<北朝鮮の非核化の真意に疑念を抱くアメリカの安保関係者の一部からは、再び軍事行動が必要との主張が出てきた>

7月に入り、米国から気になるニュースが伝わってきた。ひとつは、共同通信がワシントン発で報じたもので、訪米した自民党の河井克行総裁外交特別補佐が、米国の安保専門家や議員らと対話した際の内容だ。

「ミサイル工場を拡張」報道

米国の専門家の多くは、「北朝鮮は非核化に努力していると見せかけるため、巧妙に成果を小出しにし、トランプ大統領の歓心を買おうとするのではないか」との疑念を表明。北朝鮮の非核化が進まない場合、制裁強化のほか軍事行動の検討が必要との意見を述べたという。

北朝鮮が国際社会を欺き続けてきた経緯を考えれば、こうした疑念が生じるのは当然のことだ。

しかしながら、筆者は金正恩党委員長が「完全な非核化」に向けて相当に踏み込んだ行動を取ると見ている。そうすることで、トランプ政権から人権問題で干渉を受けないという「対価」を得られるからだ。恐怖政治で独裁権力を維持している金正恩氏にとっては、核よりも人権の方が、体制の根幹にかかわる問題なのだ。

参考記事:あの話だけはしないで欲しい...金正恩氏、トランプ大統領に懇願か

一方、米紙ウォールストリート・ジャーナルは1日、衛星写真を専門家が分析した結果として、北朝鮮がミサイル製造工場の拡張を進めていると伝えた。同紙によると、シンガポールで6月12日に初の米朝首脳会談が行われた前後、北朝鮮の東海岸にある咸興(ハムン)で、ミサイル工場を拡張する動きが見られたという。咸興では、長距離弾道ミサイルの燃料を製造しているともされている。

この衛星写真の評価が妥当なものかどうか、筆者には判断する術がない。ただ、金正恩氏が弾道ミサイルを放棄するのを惜しんでいるとする見方には、同意できるものがある。なぜなら金正恩氏が約束したのは「非核化」であり、「武装解除」ではないからだ。

北朝鮮の通常戦力は、兵器の老朽化と兵站の混乱、そして部隊内での窃盗や性的虐待の横行など、軍紀びん乱ですっかり弱体化している。せめて一定の弾道ミサイル戦力を保持しなければ、国防そのものが危うくなってしまう。

参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

また、核兵器と同様、弾道ミサイルの開発にも相当な犠牲を払っているし、金正恩氏は重要なミサイル試射がある度に現場で直接指揮を取り、それを国内メディアで大々的に発表した。ときには金正恩氏の間近で、死亡事故が起きたケースもあったもようだ。

つまり、弾道ミサイル開発の成功は核開発と並び、金正恩氏の貴重な「実績」なのだ。その両方をいっぺんに「無」にしてしまう選択は、心理的に簡単なものではないだろう。

だが、北朝鮮がこの点で不透明さを残すならば、冒頭で言及したような「軍事行動論」が頭をもたげることになる。北朝鮮情勢はまだまだ、前途多難なのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬

ビジネス

中国人民銀、アウトライトリバースレポで3月に800

ビジネス

独2月小売売上は予想超えも輸入価格が大幅上昇、消費
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中