セレブが愛するNYの隠れ家ホテル「ザ・カーライル」
Soul of a City (and Discretion)
このホテルは予約を入れると、イニシャルの刺繍入りの枕カバーを用意してくれる。この枕カバーは次回の宿泊に備えて洗ってしまってある。ホテル側には1度利用した客は必ずリピートするという確信があるらしい。
実際、常連客は多い。ジャック・ニコルソンは70年代からここをニューヨークでの定宿にし、泊まるたびに主任電話オペレーターにランの花を1輪贈る。彼もスタッフに好かれているが、最高にスタッフ受けのいい客はジョージ・クルーニーだ。
主観的視点と過激な文体で鳴らした今は亡きジャーナリストのハンター・トンプソンも少なくとも1度はこのホテルに泊まり、シリアルとスコッチ1瓶、それにボウル1杯分のコカインの朝食を取った(3つ目がルームサービスのメニューにあるかどうかは不明だ)。
近所に住んでいたジャクリーン・ケネディ・オナシスは週2回、このホテルのレストランを訪れ、コブサラダにジントニック、そしてたばこ1本という定番ランチを楽しんだ。息子のジョン・F・ケネディJr.も常連で、99年に小型飛行機でマーサズ・ビンヤード島に向かう途中に事故死する前、最後の食事をこのホテルで取った。
失われゆく時代を象徴
1920年代末に不動産開発業者モーゼス・ギンズバーグがこのホテルを建設し、尊敬するイギリスの思想家トーマス・カーライルにちなんだ名を付けた。だがオープンしたのは株価大暴落がウォール街を襲った直後の30年で、経営は苦しかった。
48年に別のデベロッパーが買い取り、ファッショナブルに改装。米大統領ではハリー・トルーマンが初めて泊まり、ジョン・F・ケネディの時代には「ニューヨークのホワイトハウス」と呼ばれた。マリリン・モンローもマジソンスクエア・ガーデンでのケネディの誕生日祝賀式典で「ハッピー・バースデー」を歌った後、このホテルでケネディと密会したと噂されるが、当時のベルボーイは今も守秘義務を守り続けている。
少しだけ古ぼけた居心地のよい内装も、このホテルの魅力だ。「完璧さは重要じゃない」と、ミーレー監督は言う。「よく見ると額縁が微妙に傾いていたり、織物がほころびていたりするが、そのおかげでくつろげる」
それはスタッフにも言えることだ。トレンディーなホテルの一部の隙もないスタッフとは対照的に、一風変わった顔触れが客を迎える。「吃音がある男を主任コンシェルジェに雇うホテルがほかにあるだろうか」と、ミーレーは言う。その主任コンシェルジェ、ドワイト・オウズリーは「何とも言えずチャーミングな大男」で、ホテルの経営陣は「客に忘れ難い印象を残す」ところを高く評価したのだろうと、ミーレーはみる。
カメラは勤続36年のオウズリーの最後の勤務日を追う。消えゆく時代の最後の光芒に、観客は胸を揺さぶられる。「のどかな時代は過ぎ去った」と、オウズリーはつぶやく。「一昔前までは志や尊厳が大事にされたものだが、今や尊厳のかけらもない。言葉にはできない大切な何かが失われてしまった」
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[2018年7月24日号掲載]