最新記事

北朝鮮

「自衛隊の攻撃能力は世界一流」と主張する金正恩の真意

2018年6月27日(水)14時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩は非核化に関しては積極的な姿勢を見せているが KCNA-REUTERS

<政権機関紙で日本の自衛隊の攻撃能力が「世界一流」などと主張した金正恩。その狙いは日本の軍事的脅威を強調して短・中距離弾道ミサイルを保持し続けるところにありそう>

ポンペオ米国務長官は24日、CNNテレビの電話インタビューで、北朝鮮との交渉では非核化措置の「期限は設けない」と述べた。日本ではこの発言が「意外」なものと受け止められているような雰囲気だが、果たしてそうか。そもそも、何をどこまでやったら「非核化」が遂行されたことになるのか、米国はまだ、北朝鮮に示せていない可能性が高い。もしそうならば、現時点で期限を設定することは不可能だろう。

それより、このインタビューではもっと気になる言葉があった。ポンペオ氏は正確には、「2カ月であれ6カ月であれ、期限は設けない。首脳間で決めた目標を達成できるよう迅速に取り組む」と説明したのだ。2~6カ月とは、たとえ仮定の話であったとしても短すぎる。これが、米国側が考える非核化の「サイズ感」であるとしたら、それこそ意外な話だ。

筆者は、米国が北朝鮮の人権問題を追及しない限り、金正恩党委員長は米国側の求めに応じ、かなり踏み込んだ非核化を行う可能性が高いと見ている。なぜならいったん非核化しても、6回もの核実験データと国内の天然ウラン資源があれば、改めて核武装することは不可能ではない。しかし、人権問題はそうはいかない。国民の人権に配慮して恐怖政治を止めてしまったら、金正恩氏は権力を維持できないからだ。

そしてもうひとつ、北朝鮮側は米国との交渉で守ろうとしているものがあるように思える。

北朝鮮の内閣などの機関紙・民主朝鮮は19日、日本の安倍政権が「海外侵略に狂奔している」とする論評を掲載。その中で、日本の自衛隊の攻撃能力は「世界一流」であるなどと評した。

参考記事:「自衛隊の攻撃力は一流になった」北朝鮮メディア

これ以外にも、北朝鮮メディアは日本の「軍事大国化」を非難する記事を数多く出している。それらはすべて、金正恩氏本人の意思によるものと見て間違いない。北朝鮮のメディア戦略は、同氏が直接指揮していると見られるからだ。

では、北朝鮮がこのような主張を繰り返す真意は何か。北朝鮮は本当に、日本が軍事的に危ない存在であると見ているのだろうか。そうではあるまい。米国とさえ話をつければ自分の身は安全であると考えているから、現在の情勢を作り上げてきたのだ。北朝鮮は日本を米国の「子分」としか見ておらず、本気で警戒しているとは思えない。

それではいったい、何のための主張なのか。その目的はおそらく、短・中距離弾道ミサイルを守ることであると考える。

北朝鮮は米国との交渉で、米本土に届く大陸間弾道ミサイルを廃棄することはやむを得ないと考えているはずだ。しかし、日本が主張するように、すべての射程の弾道ミサイルを放棄してしまったら、安全保障上「丸腰」に近い状態になってしまう。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の軍紀は乱れきっており、ほかに頼れるものがないからだ。

参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

だからこそ、日本の軍事的な危険性を言いつのり、弾道ミサイル戦力を保持する理由としているのではないか。中でも、射程2000キロ以上と言われる準中距離弾道ミサイル(MRBM)の「北極星2」については、2017年5月21日、金正恩氏により実戦配備が承認されている。

このミサイルは、固体燃料ロケットを使用するため即応発射が可能で、発射台に無限軌道の特殊車両を使用するため山岳地での運用が可能で隠密性も高く、より射程の長いミサイルよりも日本にとっては脅威度が高いとされる。

心配なのは、米国がもしかしたら、すでに北朝鮮側に譲歩してしまっているのではないかということだ。すべての射程の弾道ミサイルを要求しているのならば、非核化が2~6カ月という「サイズ感」に収まるはずがない。

日本政府は今後、北朝鮮ばかりでなく、トランプ政権の動向にも十分注意すべきだろう。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中