最新記事

北朝鮮

北朝鮮で幹部の亡命相次ぐ......金正恩の「親戚」も

2018年5月22日(火)15時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

幹部間の権力闘争が深刻化している? KCNA/REUTERS

<北朝鮮の幹部が権力闘争のワナにかかり命からがら脱北するケースが増えている>

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、最近は一般住民が脱北するケースより、幹部が権力闘争のワナにかかり命からがら脱北するケースが増えていると伝えた。

「最近、国境地域などで幹部の脱北が相次いでいるのは、幹部の間での権力闘争が深刻化している証拠だ」

その一例としては、松の実の密輸に失敗し、その罪をなすりつけられそうになった下級幹部が家族を置き去りにして脱北した事件がある。

一方、今年2月には金正恩氏の「親戚」に当たるとされる国家保衛省の大佐が脱北したとされる。大佐は金日成主席の母、康盤石(カン・バンソク)の父、康ドヌクの子孫、つまり金正恩氏と同じ曽祖父を持つ「白頭の血統」に連なる人物だ。当局は現在も大佐の行方を追っているが、発見には至っていない模様だ。

参考記事:金正恩氏、脱北した「親戚」の殺害を命令

他にも、脱北していた地方政府の幹部が逮捕され、今年5月に強制送還されていたことがわかった。

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、この人物は両江道人民委員会(道庁)の地方工業部の部長だ。情報筋は司法機関に勤める友人の話として、この部長は2016年12月29日、脱北して中国に逃げ込んだが、今年5月初頭に中国公安当局から北朝鮮側に引き渡され、保衛部(秘密警察)に連行されたと伝えた。

地方工業部長はなぜ脱北したのか。情報筋が語る事件の顛末は次のようなものだ。

保衛部に勤める地方工業部長の兄は数年前、保衛部長(道の秘密警察のトップ)が密輸業者を介して韓国の情報機関の関係者と連絡を取り合っている、つまりスパイ行為を行っている証拠を掴んだ。保衛部長はこれに対抗し、裏で権力を行使したものと見られる。兄弟は検察に連行され、厳しい取り調べを受けた。

参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

2人は嫌疑不十分で釈放されたが、脅迫、拷問などよほど恐ろしい目に遭わされたのだろう。このままではどうなるかわからないと恐怖に怯えた地方工業部長は、保衛部長の不正行為を告発するためとして、中国に脱北した。

つまり、兄の職場の上司の不正行為を掴み、兄弟で内部告発をしようとしたところ、もみ消されそうになったため、国外から知らせようとしたが、あえなく逮捕され、北朝鮮に強制送還されたというわけだ。

ただし、正義感ゆえの行動だったのか、保衛部長を追い落とすためだったのかは、定かではない。情報筋が「権力闘争」という言葉を使っていることを考えると、後者によるものだと思われる。

2人を待ち受けているのは過酷な運命だ。

「部長の兄はすでに保衛部をクビになった。弟が取り調べを受けることになれば、一族はむちゃくちゃにされるのは目に見えている。さらに保衛部長の罪までなすりつけられれば結果は火を見るよりも明らかだ」(情報筋)

つまり、兄弟は銃殺を含めた極刑に処され、家族は山奥への追放、または収容所送りになるかもしれないということだ。


[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中