ムスリム不在のおもてなし、日本の「ハラールビジネス」
ハラールについて一定の基準を設けようとする動きが始まったのは、イスラム教成立から1300年以上たった1970年代のこと。国際化で人や物の移動が盛んになったこと、科学技術の発達で食品の原材料が見えにくく、複雑になったこと、教育やメディアの普及で細かな宗教知識を持つ人が増えたことなどが基準を求める動きにつながったようだ。
認証発祥の舞台となったのは東南アジアだ。イスラム教徒が圧倒的多数を占める中東では、市場に出回る商品は基本的にハラールと考えられてきたため、認証するという発想はなかった。
一方、イスラム教徒が多く暮らしながらも、異なる宗教や文化が混在する東南アジアでは、流通する商品とハラールが一致するとは考えられてこなかった。そこで生まれたのがハラール認証とそれに基づくビジネスだった。
東南アジア生まれの新ビジネス
その先頭に立ったのがマレーシアだ。1970年代、取引表示法の一部として「『ハラール』という表現の使用」に関する省令が出されたのを皮切りに、食品のハラール基準が検討されるようになった。2000年代には基準の整備がさらに進んだ。基準はガイドラインや手引といった形で詳細に段階づけられ、それに基づく認証審査や認証マークの発行も盛んに行われるようになった。またこの頃から食品だけでなく化粧品や衛生用品、医薬品の認証制度の整備と審査も始まった。
類似した動きは、インドネシアやシンガポールといった他の東南アジア諸国にも広がり、ついには中東の湾岸諸国に流入していった。イスラム教徒が少ない欧米や日本でも、企業がこれら東南アジアのハラール先進国の認証基準を取り入れたり、独自の基準を作って認証したりするという形で、ハラールビジネスが始まった。
日本の場合、独自に認証を行う団体や他国での認証取得のサポートを担う団体が次々と設立されたのは2010年代のこと。現在、よく知られているものだけでも、宗教法人やNPO法人、一般社団法人、株式会社など9団体がある。
2013年以降、日本の農林水産省や経済産業省、地方自治体などがハラールビジネスに関する検討委員会を設置したり、その普及を目指したプロジェクトを始めたりしている。まさに国を挙げてハラールブームが広がりつつある。
推進派にとって、ハラールビジネスはイスラム教徒の安心と、産業活性化を同時にかなえる「夢のビジネス」として映っているようだ。ただしハラールに関わるイスラム教のさまざまなルールを、日本企業が深く理解し適用するのは容易ではない。そこであまり深く考えずに、認証マーク取得をビジネスの1つのステップと捉えて外注すればいい、という声も聞かれる。
興味深いのは、イスラム教のルールに一定の見識を持つ日本の専門家の間で、ハラールビジネスに対する否定的な意見が聞かれることだ。その中には「ハラールビジネスはイスラムの教義と相いれないからやめるべきだ」という全面否定もあれば、「認証が必要との声も無視できないが、今の在り方には問題がある」と唱える人もいる。