最新記事

北朝鮮

金正恩がおびえる「国内の敵」......不安で電車にも乗れない

2018年5月8日(火)16時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

先月、訪中して習近平国家主席と会談した金正恩 KCNA-REUTERS

<3月、中国を訪問した金正恩は国境まで空路で移動してから専用列車に乗り換えていたことがわかった。その理由は?>

北朝鮮の金正恩党委員長は3月、中国を訪問して習近平国家主席と会談した。移動手段には専用列車が使われたが、金正恩氏はどうやら、首都・平壌から乗車したわけではなかったことがわかった。

デイリーNKジャパンのカン・ナレ記者の取材によれば、金正恩氏は3月25日、専用機で空路、平壌から国境都市の新義州(シニジュ)に移動。そこで、事前に回送されていた専用列車に乗り込み、中国入りしたという。

北朝鮮当局はいったいなぜ、そのような煩雑な方法を取ったのか。考えらえる理由は2つだ。まずひとつは、時間の節約である。多忙な金正恩氏は、鉄道でのんびり移動するわけにはいかなかったのかもしれない。とくに、北朝鮮国内の鉄道の運行事情は悲惨だ。1990年代から深刻化した電力不足のせいで、運行中の列車が何日も止まったままになってしまう事態が当たり前になっている。

しかしもちろん、金正恩氏だけは例外だろう。専用列車が動くとなれば、すべての資源が最優先で供給され、問題なく運行できるだろう。父の金正日総書記が専用列車で訪中する際には、平壌から乗車していたはずだ。

もうひとつ考えられるのは、やはり保安上の問題である。実際、北朝鮮当局は3月20日から、新義州を厳戒下に置いたという。

一般の人と同じトイレを使えない事情のある金正恩氏は、代用品を愛車のベンツに装備しなければならないなど、国内での移動においても不便を強いられている。

参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

それにしても、自国内で自分の専用列車で移動できないとは、奇妙な印象を受けざるを得ない。金正恩氏はもしかしたら、外国よりも「国内の敵」の影に怯えているのだろうか。

実際、金正日氏の時代には、「暗殺未遂」ではないかと疑われる出来事があった。2004年春に起きた龍川駅爆発事故だ。中国を訪問した金正日氏が特別列車で帰る帰路上で、小学生ら1500人を巻き込んだ謎の大爆発が起きたのだ。この出来事はいまもって、「暗殺計画」の可能性をはらむミステリーとして語られている。

参考記事:1500人死傷に8千棟が吹き飛ぶ...北朝鮮「謎の大爆発」事故

また、東京新聞は2017年4月2日付の朝刊で、北朝鮮で金正恩党委員長の暗殺が計画され、未遂に終わったと報じている。

同紙によれば、北朝鮮で36年ぶりに朝鮮労働党大会が開催された2016年5月、秘密警察・国家安全保衛部(現・国家保衛省)の地方組織が実施した一部住民に対する講演で、正恩氏の専用列車の爆破計画が党大会前にあり、未遂に終わったと報告していた。

これだけではない。2015年10月初め、北朝鮮の葛麻(カルマ)飛行場で、金正恩氏の視察前日に大量の爆薬が見つかったと米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

建物の天井裏から発見されたのは、TNT火薬20キロ。手榴弾なら130個分以上になり、「暗殺計画」の存在を疑いたくなる量だ。

外からは盤石に見える金正恩体制だが、われわれの知らぬ不安要素が存在するのだろうか。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、11月はマイナス13.7

ワールド

ロシアのミサイル「ICBMでない」と西側当局者、情

ワールド

トルコ中銀、主要金利50%に据え置き 12月の利下

ワールド

レバノン、停戦案修正を要求 イスラエルの即時撤退と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッカーファンに...フセイン皇太子がインスタで披露
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 5
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 6
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中