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金正恩が習近平の前で大人しくなった...「必死のメモ」と強ばった笑顔

2018年3月29日(木)11時50分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

訪中した金正恩は習近平国家主席との会談で懸命にメモを取っていた CCTV-REUTERS TV

<北朝鮮国内では傍若無人な振る舞いを見せる金正恩だが、習近平の前では懸命にメモ書きするなど相当なプレッシャーを感じていた様子>

北朝鮮の金正恩党委員長が25日から電撃的に中国を訪問し、習近平国家主席と会談した。金正恩氏にとっては2011年に北朝鮮の最高指導者に就任してから、初の外遊となる。それだけでなく、ここ数年間は中朝関係が冷え込んでいたこともあり、金正恩氏と習近平氏がどのように接したのか注目された。

28日には、中国中央電視台(CCTV)が中朝首脳会談の様子を報じた。そこからは、金正恩氏が今まで見せたことのない表情を見ることができた。

処刑前の動画を公開

金正恩氏は、これまで頻繁に現地指導で地方を訪れている。27歳という若さで北朝鮮のトップになっただけに、精力的な公開活動で「北朝鮮の最高指導者」という立場を国内外にアピールしたいのだろう。その意気込みが強すぎるせいか、いささか傍若無人な振る舞いも目につく。

一昨年5月にスッポン工場を現地指導した際には、工場の管理不行き届きに激怒。カメラが回っているのも構わず怒り狂った。後にわかったことだが、同工場の責任者は銃殺された。

参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導】

銃殺には「例え幹部であろうとミスは許さない」という意図が込められているが、常日頃から最高指導者に刃向かうことは決して許さないことをアピールしている。

例えば、公開活動での振る舞いだけでなく、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の幹部であろうと少しでも気に入らないことがあれば容赦なく粛清してきた。2015年の春には玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(国防相)を銃殺によって処刑した。韓国の国家情報院が国会に報告したところによれば、人体が「ミンチ」になってしまう「高射銃」が処刑で使用されたという。

国内では尊大に振る舞う金正恩氏。果たして外国の元首、それも中国という大国のトップである習近平氏の前でどのように振る舞ったのだろうか。

中国中央電視台(CCTV)は28日、中朝首脳会談の様子を報じた。このなかでは、金正恩氏が北朝鮮国内では見せたことのない表情を垣間見ることができた。

中国の習近平氏は、椅子に深々と座りながら始終余裕の表情を見せた。一方の金正恩氏は前屈みになりながら、神妙な表情で話を聞く。時折、笑顔を見せるもののいささか強ばっていた。

筆者が注目したのは、金正恩氏が習近平氏の話を目の前に置かれたノートに懸命にメモ書きする様子が見られたことだ。

金正恩氏が公開活動をする際、必ず彼の後ろに立った幹部たちが金正恩氏の指示や言葉を懸命にメモを取るのは、もはや現地指導のおなじみのシーンである。同時に例え老幹部であろうと、最高尊厳である金正恩氏の言葉は一言一句漏らさずに書き取らなければならないという権威付けの一環なのかもしれない。

その金正恩氏もさすがに習近平氏の前では、いつものように尊大に振る舞うことは出来なかったようだ。映像を見る限り、金正恩氏は初の首脳会談をそつなくこなしたようだが、習近平氏からは相当なプレッシャーを受けていただろう。

それだけに金正恩氏が首脳会談で受けたストレスが気になるところだ。そうでなくても、金正恩氏は現地指導の際、警備上の問題で多大なるストレスを強いられていると言われている。とりわけトイレ問題は深刻で、専用車にトイレの代用品を乗せているというのだ。金正恩氏は今回、北朝鮮の最高指導者が移動する際に乗る特別列車、通称「1号列車」で訪中したが、彼専用のトイレが設置されていることは言うまでもない。

参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

この後、予定通りなら南北首脳会談、米朝首脳会談を控えている。金正恩氏は今しばらく、北朝鮮国内では決して感じることのない精神的プレッシャーを受ける日々を過ごさなければならないのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
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