プーチンは第3次世界大戦を目指す
産業界に戦時生産体制への備えを求めるのは、ソ連時代の思考方法に似ている。国内のあらゆる工場で、いつでも戦車や砲弾、戦闘機を製造できるようにしろというのはむちゃな注文だ。
「ソ連時代の経済と社会は全面戦争への備えを前提にしていた」と、フェルゲンハウエルは指摘する。「そのせいでソ連経済は競争力を失った。本当に戦時総動員をかけたら、旧ソ連と同様に破滅してしまう。たばこ工場に弾薬を作らせるなんて、今の世の中ではあり得ない」
ただし多くのロシア企業は今も、大なり小なり軍需に依存している。そして原油安と経済制裁で財政は苦しいのに、プーチンは軍事予算を大幅に増やしてきた。17年の軍事費は650億ドルを超える見込みだ。
これでもアメリカの軍事費6110億ドルに比べると1桁少ないが、どちらもGDPの3.3%に相当する。しかもこれにはプーチン直属の「国家親衛隊」のような準軍事組織の予算や、航空宇宙その他の軍事関連企業への補助金は含まれていない。
欧米の多くの関係者が困惑しているのは、ロシアの新しい軍艦や潜水艦、ヘリコプター、潜水艦発射型弾道ミサイルの使い道だ。イギリスの元駐ロシア大使は匿名を条件に、「ロシアは奇妙で一方的な軍拡を行っている」と語る。「過去の軍拡競争は全て戦争に結び付いた。しかしロシアの場合、彼らがどこで誰と戦う準備をしているのか、誰にも分からない」
どこかと言えば、まず考えられるのは中東だろう。シリア政府軍が同国北東部の都市デリゾールをテロ組織ISIS(自称イスラム国)から解放した時も、ロシアの国営テレビは、シリア国旗と並んでロシア国旗が翻る映像を自慢げに流していた。
それだけではない。イランの国旗とヒズボラ(イランの影響下にあるレバノンのシーア派軍事組織)の旗も映っていた。つまりプーチンはシリア内戦に介入することで、中東を舞台とするスンニ派とシーア派の争いにおいて、シーア派のイランと組むことを選んだのだ。
米同盟諸国を切り崩す
イランの特殊部隊であるクッズ部隊の司令官で、03~15年にイラクで500人以上の米兵を殺害した反米シーア派民兵集団を組織したガゼム・ソレイマニは、15年7月以降に少なくとも3度モスクワを訪問。シリア政府軍とシーア派民兵部隊に対する、ロシア空軍や特殊部隊による支援の調整を行っている。
こうした緊密な関係を築いた以上、仮にもアメリカの同盟国サウジアラビアとイランが戦争を始めれば、ロシアはアメリカと敵対することになる。NATO国防大学のモナハンによれば、中東地域や北朝鮮などの「戦域が拡大しやすい」地域紛争で、アメリカとロシアが互いに敵陣営につくというシナリオは十分にあり得る。