【年表】北朝鮮:建国から6回目の核実験まで(1948-2017)
Newsweek Japan
<ニューズウィーク日本版11月21日発売号(2017年11月28日号)は「保存版 北朝鮮の歴史」特集。核・ミサイル開発に日本人拉致問題、テロ活動......不可解過ぎる「金王朝」を歴史で読み解くこの特集から、1948年の建国から今に至るまでの年表を転載する>
来年で建国70年。1948年の独立以来、弱小の社会主義国として中ソ対立に翻弄されてきた北朝鮮は、いつしか、敵国アメリカから体制保障を勝ち得るためには自前の核兵器が必要と考えるようになる。93年以降、国際社会と対立しながら核・ミサイル開発に邁進してきた。
(※赤字で記した用語は本誌特集の別ページで「解説」を設けたもの)
【1948年9月9日】
朝鮮民主主義人民共和国建国、抗日パルチザン出身の金日成(キム・イルソン)が初代首相に
【1950年6月25日】
大韓民国(韓国)との間で朝鮮戦争勃発
【1950年9月15日】
米軍主体の国連軍がソウル西方の仁川に上陸、戦況が逆転
【1950年10月25日】
中国人民義勇軍が参戦
【1953年7月27日】
朝鮮戦争休戦協定調印(北朝鮮、中国、国連が署名)
【1959年3月9日】
社会主義国家建設を推進する「千里馬運動」を開始
【1959年12月14日】
在日朝鮮人の帰還事業として最初の帰還船が新潟を出港
【1961年7月上旬】
ソ連、中国と相次いで友好協力相互援助条約を締結
【1966年5月16日】
中国で文化大革命が始まる
【1968年1月21日】
北朝鮮ゲリラによる韓国大統領官邸襲撃未遂事件が発生
【1968年1月23日】
プエブロ号事件(北朝鮮の元山港沖で米情報艦を北朝鮮が拿捕し、緊張が激化)
【1970年11月2日】
第5回党大会で「主体(チュチェ)思想」が「党の唯一思想」に
【1972年7月4日】
統一3大原則をうたった「南北共同声明」を韓国と発表
【1972年12月25日】
主体思想を指導指針とする新社会主義憲法を採択、金日成が初代国家主席に就任
【1974年2月11日】
金正日(キム・ジョンイル)が党政治委員会政治委員に選出、後継者に内定
【1976年8月18日】
板門店で北朝鮮軍兵士が米軍将校2人殺害(板門店ポプラ事件)
【1977年9月19日】
日本政府が認定する日本人拉致の最初の事件が発生、石川県で久米裕が失踪
【1977年11月15日】
横田めぐみが新潟県で失踪(拉致の事実が浮上したのは97年2月)
【1980年10月10日】
第6回党大会開催、金正日が政治局常務委員、書記、軍事委員に
【1983年10月9日】
ビルマ(現ミャンマー)のラングーン(ヤンゴン)アウンサン廟爆破事件(韓国大統領暗殺未遂)
【1985年9月20日】
初の南北離散家族相互訪問が実現
【1987年11月29日】
日本人に成り済ました北朝鮮工作員による大韓航空機爆破事件、115人死亡
【1988年9月17日】
韓国がソウル五輪開催(北朝鮮は1月に不参加を表明済み)
【1991年9月17日】
国連に韓国と同時加盟
【1991年12月13日】
南北首脳が相互不可侵などをうたった南北基本合意書に署名
【1991年12月25日】
ソ連が崩壊
【1993年2月25日】
IAEA(国際原子力機関)の特別査察要求を拒否
【1993年3月12日】
核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言(その後、6月の米朝高官協議で脱退は留保)
【1994年6月15日】
金日成が訪朝したジミー・カーター元米大統領と会談、第1次核危機回避へ
【1994年7月8日】
金日成が心筋梗塞のため死去(享年82)
【1994年10月21日】
核開発凍結と関係改善への道筋を定めた「米朝枠組み合意」調印
【1995年3月9日】
北朝鮮に軽水炉を提供する朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)発足
【1995年8月17日】
洪水被害発生を公表
【1996年1月1日】
「労働新聞」などに発表した新年共同社説で「苦難の行軍」を呼び掛け
【1997年2月12日】
黄長燁(ファン・ジャンヨプ)労働党書記が北京の韓国大使館に亡命申請
【1997年10月8日】
金正日が党総書記、国防委員長に就任
【1997年12月9日】
ジュネーブで米中朝韓による初の4者会談開催
【1998年8月31日】
弾道ミサイルテポドン発射、三陸東方沖の太平洋上に着弾(9月4日に「人工衛星」と発表)