北極開発でロシアは誰よりも先へ
しかし北極海航路が開けたら、安全保障上の問題が緊急性を帯びてくる。『ロシアと新世界秩序』の著者ボボ・ローに言わせれば、「北極の注目度が高まれば友情は崩壊する」だろう。
いざとなれば、武力衝突であれ通常の開発競争であれ、準備万端なのはロシアのほうだ。砕氷船は40隻以上ある。しかも北極海方面に、冷戦時代以来最大の軍事力を展開している。
ロシアは沿岸国の中で最も多くの基地を持ち、さらに増やす計画だ。年内に飛行場が13カ所、防空レーダー基地が10カ所増える。北極圏での戦闘に特化した旅団もある。大型外洋船が停泊できる水深の港も16カ所に造る。こうなると、NATOの軍事演習に対して「挑発するつもりか? 望むところだ」と言っているのに等しい。
一方のアメリカは準備不足だ。トランプ政権の方針は定まらない。米政府が保有する砕氷船は古い2隻のみで、片方だけが重砕氷船。今のところ砕氷船を増やす具体的な計画はない。
「北極海に面した港が必要だ」と米国務省の北極圏担当デービッド・バルトンは言う。「石油流出や公害の対策もできない。海運事故が起きても捜索や救助を展開する態勢がほとんどない」
【参考記事】プーチンのおかげで高まるスターリン人気
そして、沿岸国ではアメリカだけがUNCLOSを批准していない。締約国でないと申請事項を検討する委員会に代表を出せず、反論もできない。UNCLOSに入れば、アラスカ沖でカリフォルニア州くらいの海底面積は領有権を主張できるのだが。
野球に例えると「アメリカはフィールドに立っていないし、観客席に座ってもいない」。米沿岸警備隊のジーン・ブルックス少将がそう嘆いたのは7年前だが、その後も状況はほとんど変わっていない。UNCLOSはオバマ前政権もその前のブッシュ政権も、海軍も環境保護団体も海運企業も石油企業も支持してきたが、国際条約を主権侵害と見なす一部の共和党上院議員が批准を阻んできた。
しかし、このままだとアメリカのいない間に、他国が北極の既成事実を積み上げていくことになる。
<本誌2017年8月29日号「特集:プーチンの新帝国」から>
【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
ご登録(無料)はこちらから=>>