最新記事

シリア情勢

シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ

2017年8月19日(土)12時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

アメリカ頼みの「国家内国家」

しかし、主権在民の「国家内国家」の存立はその多くを他力本願に頼っていた。そのことを端的に示していたのが、アレッポ県北部のユーフラテス川右岸(西岸)に位置するマンビジュ市と、欧米諸国がイスラーム国の首都と位置づけるラッカ市に対する姿勢だ。前者は2016年8月にシリア民主軍がイスラームから奪取、後者は陥落が秒読み段階に入ったとされている。両市をめぐっては、トルコがかねてからPYDによる勢力伸張を「レッド・ライン」とみなし、YPG(そしてシリア民主軍)の撤退を強く要求してきたが、PYDは米国の意向を追い風に勢力を伸張した。

PYDがマンビジュ市とラッカ市の北シリア民主連邦への編入を望んでいることは言うまでもない。にもかかわらず、行政区画法においてその地位について明記しなかったのは、米国がトルコを制し、北シリア民主連邦への両市の帰属を承認することを期待しているからにほかならない。

すべての当事者に裏切られる時が近づいている

しかし、米国がPYDの思惑に沿って行動するかは判然としない。なぜなら、イスラーム国に対する「テロとの戦い」後の米国の対シリア政策の具体像がまったく見えないからだ。

米国は、北シリア民主連邦領内に軍を常駐させることで、内戦の実質的勝者であるシリア政府の増長を抑止するための軍事的圧力をかけ続けることができるかもしれない。しかし、さしたる産油国でもないシリアにおいて、PYDを庇護し続けたとしても経済的な見返りは少なく、費用対効果も低い。

こうした事情を踏まえてか、米国は、ラッカ市解放後に本格化することが予想されるダイル・ザウル県でのイスラーム国との戦いからYPGを遠ざけようとしている。米国は、YPGではなく、ダイル・ザウル県のアラブ人部族とつながりがある反体制指導者のアフマド・ウワイヤーン・ジャルバーが率いるシリア・エリート軍や、「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室所属組織に、掃討戦を主導させようとしているのだという。もしこれが現実になれば、YPGの「テロとの戦い」は終わりを余儀なくされ、もっとも頼れる有志連合の「協力部隊」としての存在意義(ないしは利用価値)は低下することになる。

ロシア、トルコ、そしてシリア政府は、このときを虎視眈々と狙っているのだろう。ロシアは、「緊張緩和地帯」がいまだ設置されていない北部で、長らくトルコの支援を受けてきたシャーム解放委員会やシャーム自由人イスラーム運動を放逐するための「テロとの戦い」を国際社会に黙認させるための取引を欲している。

トルコも、その見返りとして、アレッポ県のアフリーン市一帯およびタッル・リフアト市一帯でのPYD排除を目的とした新たな大規模軍事作戦が是認される機会を窺っている。シリア政府には、PYDとの戦略的関係を解消し、力で全土を掌握する力はない。だが、こうした諸外国の動きに迎合する傍らで、北シリア民主連邦の支配地域との人的・物的な交流を深め、PYDを懐柔しようと策をめぐらしている。

PYDが「バッファー」としてすべての当事者にとって利用価値のある時代は終わり、すべての当事者によって裏切られる時が近づいているのかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中