最新記事

北朝鮮

北の最高指導者が暗殺されない理由

2017年7月21日(金)18時00分
アダム・ロンズリー(ジャーナリスト)

北朝鮮が核開発を加速させるなか韓国は金正恩暗殺をにおわせている KCNA-REUTERS

<国内外で標的にされてきた歴史とトラウマが生んだ、「金王朝」と平壌を守る鉄壁の護衛を破れるのか>

1968年、韓国の仁川沖の実尾島(シルミド)で31人の特殊部隊が極秘に訓練を受けていた。使命は北朝鮮に侵入して金日成(キム・イルソン)主席を暗殺すること。しかし、彼らが平壌にたどり着くことはなかった。

暗殺部隊として創設された空軍2325戦隊209派遣隊の訓練は苛酷を極め、貧困者や犯罪者も含む兵士は虐待に等しい扱いを受けた。ゲリラ戦の演習では見張り役に足を撃たれ、上官の意に沿う成果を出さなければ棍棒で殴られた。6人が不服従で処刑され、1人が溺死した。

韓国の軍事政権が北朝鮮の最高指導者の暗殺を計画したのは、68年1月に朝鮮人民軍の部隊が韓国の首都ソウルに侵入し、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の暗殺を試みたことへの報復だ。同年4月には部隊が結成され訓練が始まったが、71年に暗殺計画は撤回された。

しかし、島に取り残された部隊の戦意は失われていなかった。その年の8月に兵士24人が蜂起。鍛え上げられたスキルで18人の見張り役を殺害し、船を盗んで仁川に渡り、バス2台を乗っ取ってソウルに向かった――自分たちを殺人兵器にしろと命じた人物を殺害するために。

だが、彼らは大統領官邸にたどり着くことはできなかった。ソウル市内の路上で銃撃戦となり、手榴弾で自爆する者も。生き残った兵士も死刑に処された。

【参考記事】ロシアが北朝鮮の核を恐れない理由

もっとも、彼らが平壌を目指したとしても、結果は同じだっただろう。暗殺作戦を実行しても生きて帰れる可能性がほとんどないことは、上官たちも分かり切っていた。

北朝鮮が侵入者を寄せ付けないことは周知の事実だった。機密解除されたCIAの文書によると、60年代後半に韓国の情報機関は、北朝鮮領内で諜報活動を行っても「人員を失うだけの可能性が高く、成果はゼロかゼロに等しい」ため「真剣には努力しなかった」。

あれから半世紀近く。今なお北朝鮮に君臨する金一族に対し、再び暗殺計画がうごめいている。北朝鮮の弾道ミサイルと核兵器の開発は加速しており、ジェームズ・マティス米国防長官も、地域の最大の脅威で、アメリカの直接的な脅威だとしている。

北朝鮮の核開発を食い止めるための政治的な選択肢は、あまり希望が持てない。米国防総省は軍事的な選択肢も検討しており、16年の米韓合同軍事演習には、北朝鮮首脳部を襲撃する任務を帯びた部隊が参加したという見方もある。

韓国は、軍事独裁政権の過去も、個人的な報復から敵将の暗殺を試みた過去も忘れようとしている。しかし、核の脅威が高まり、度重なる示威行動にいら立つ韓国政府は、戦争が始まれば直ちに金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長を殺害するとの計画を隠そうとしなくなった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中