「汚職疑惑」に潜むロシア政府の不安定性
公判において、原告側は、ウスマノフが「社会国家計画」基金に寄付をしたことは認めたが、この基金がメドヴェージェフによって管理されていることを示す証拠、つまりウスマノフがメドヴェージェフに賄賂を送ったという証拠をナヴァリヌィは何一つ示していないと主張した。被告側は、彼らが求めた23の証拠請求のうち1つしか裁判所が認めなかったために、証拠を提示できないと主張したが、結局裁判所は、ナヴァリヌィと反汚職基金が公開した情報は事実ではなく、その情報を削除するよう求める判決を下した。この判決に対し、ナヴァリヌィはすぐに控訴するという声明を発表した。
ウスマノフが訴訟をおこしたのは、議論の焦点をメドヴェージェフの汚職から逸らすために、政権が依頼したためだというのが、ナヴァリヌィの見解だ。もしそれが真実ならば、政権はナヴァリヌィの存在を脅威とみなしているということになる。その真偽はさておき、実際に動画は少なからず政権を揺さぶっている。下のグラフが示しているように、動画が発表された直後に、メドヴェージェフの支持率は10%下がって42%となり、支持率と不支持率が逆転した。また、メドヴェージェフの辞任に賛成する人も45%に上がった。
ついに不支持率が支持率を上回る事態に
「クリミア・コンセンサス」と言われるように、2014年3月のクリミア併合後、ロシアでは国民の政府に対する支持率が急上昇した。現在でもプーチン大統領に対する支持率は80%を超えており、一見政権は磐石であるように見える。しかし、経済の停滞なども影響して首相であるメドヴェージェフの支持率は徐々に低下しており、上記の事件をきっかけについに不支持率が支持率を上回る事態となった。ナヴァリヌィは、6月12日に再び反汚職集会を行うことを呼びかけており、政府への批判をますます強めている。この運動が直ちにプーチン政権を危機に導く可能性は今のところ高くないが、国民の間には社会の停滞や、権力と市民との乖離に対する不満がくすぶっている状況にある。
出典:レヴァダ・センター
[筆者]
溝口修平
中京大学国際教養学部准教授。1978年東京生まれ。東京大学卒、東京大学大学院修了。博士(学術)。キヤノングローバル戦略研究所研究員、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現職。専門は現代ロシア政治、比較政治学。著書に『ロシア連邦憲法体制の成立:重層的転換と制度選択の意図せざる帰結』(北海道大学出版会、2016年)、編著書に『連邦制の逆説?:効果的な統治制度か』(ナカニシヤ出版、2016年)などがある。