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韓国ミサイル3連発でも北にすり寄る韓国政府の狙い
韓国の文在寅大統領(5月10日) Kim Hong-Ji-REUTERS
<北朝鮮のミサイル発射に対し、韓国の文在寅政権はさほど騒いでいない。それどころか「南北交流の再開」を打ち出し、国内からは「対応が生ぬるい」との批判も出ている>
29日午前5時半過ぎ、北朝鮮が日本海に向けて弾道ミサイルを発射した。日本の排他的経済水域(EEZ)内に落ちたことで、号外が配られる大きな騒ぎとなった。
30日の朝鮮中央通信は、この日の実験について「国防科学戦士たちが、精密な操縦誘導体系を導入した弾道ロケットを新たに開発し、試験発射を成果的に進行した」と評価、「目標地点に7メートルの偏差で正確に命中した」と明かした。
金正恩は「撃つしかない」
だが、不思議なことに、韓国ではそれほど騒ぎになっていない。発射直後の5時56分に報告を受けた文在寅大統領はすぐにNSC(国家安全保障会議)常任委員会を開催することを指示、午前7時半から44分間、同会が開かれた。
ところが、その場に文在寅大統領は姿を現さなかった。文氏が5月10日に就任して以降、北朝鮮がミサイル発射実験を行うのは14日、21日に続き三度目となるが、本人がNSCに出席したのは14日だけだ。
NSC常任委員会は、青瓦台(大統領府)の国家安全室長が主宰することになっているため、文氏が出席を強制される訳ではない。だが、日本の安倍総理がNSCを主宰し、その場で閣僚に対応を指示した点とは対照的だ。
文氏のこうした姿勢に対し、保守系メディアからは「対応が生ぬるいのでは」(ノーカットニュース)との指摘が出ている。
さらに保守派の不満を高めているのが、文政権がいち早く打ち出した「南北交流の再開」方針だ。韓国の統一部は今月26日、20年の歴史を持つ著名な北朝鮮人道支援団体に北朝鮮側との接触許可を出した。
民間団体の北朝鮮との接触は、2016年1月にあった北朝鮮の4度目の核実験直後に中断されたが、16か月ぶりに再開されることとなった。
名目は「南北接境地域でのマラリア防疫などのための人道協議」。接境地域とは、38度線で国境を接する地域を指す。支援団体側が米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)に明かした内容によると、「従来、北朝鮮と合同で行ってきた接境地域での防疫事業が4年前からストップしているため、マラリア患者が南北で増える憂慮があった」とのことだ。
同記事によると「今後この団体は北朝鮮側とファクスで協議し、事業が具体化した場合に北朝鮮を訪問して、防疫物資を北朝鮮側に送ることになる」という。
26日当時、すでに新政権発足後、2度のミサイル発射実験が行われており、この決定は物議をかもした。しかし、「現在の南北関係の断絶は朝鮮半島の安定を考えた場合に望ましくない(統一部)」というのが政府側の姿勢だ。「国際社会による北朝鮮への制裁局面を損なわない範囲の中で民間交流を柔軟に検討する」としている。
29日早朝のミサイル発射を受けても、この姿勢にブレはなかった。同日の統一部の定例記者会見で報道官は「南北間の民間交流は北朝鮮への制裁を損なわない範囲で進める」立場を再度、強調した。「今朝のミサイル発射を受けても変わらないのか」という韓国紙記者の質問にも「原則は同じだ」と答えた。
現在の南北関係を筆者は「マウントポジションの取り合い」と表現したい。総合格闘技のような、どちらが優位に立つかの争いということだ。韓国で新政府が発足する場合に、よく見られる光景だ。
2008年に就任した李明博大統領が、前任者である盧武鉉大統領の対北朝鮮融和政策を180度転換し、北朝鮮への支援を大幅に締め付けたことは記憶に新しい。追い詰められた北朝鮮側は天安艦撃沈(2010年3月)や延坪島への砲撃(同11月)を行うなど対立を深めていった。
この時は、優位に立った韓国が、国際社会との協調の下で北朝鮮を交渉の場につかせるべきだったのが、機会を逃してしまった。この点に関して、当時の李政権のブレーンは後悔しているとされる。
今回、文在寅政権は金大中、盧武鉉政権下での融和政策10年と、李明博、朴槿恵の強硬政策10年の長短所を見極め、懐の深い接近を行っていると好意的に見ることもできる。若い金正恩党委員長はミサイルを撃ち続ける以外の手がなく、逆に焦っているようにも感じられる。
(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音)
だが、韓国には情報が無い。過去10年の断絶により、南北の接触自体が減ったことで、北朝鮮国内で何が起きているのか正確につかめなくなっている。筆者のもとにも問い合わせが相次いでいる。まずは南北関係の「復元」を焦るのは韓国の方かもしれない。
冒頭の朝鮮中央通信の報道では、金正恩が「今後も国防科学の研究部門では、我々が立てておいた時間表と工程にしたがい、多段階に、連発的に自衛的国防工業の威力を堂々と見せつけなければならない」と、強い国防開発への意思を明かしたとしている。
今後の争点は、2000年6月15日に金大中大統領と金正日総書記のあいだに交わされた「6.15宣言」記念日をどう扱うかだろう。文政権は「安定」を演出したいだろうが、そんな気持ちを若い金正恩が「忖度」するとはとても思えない。
(参考記事:空母3隻を北朝鮮に差し向けるトランプ政権の本気度)
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。