最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

私たちは「聖人君子の集まり」じゃない!

2017年4月12日(水)17時30分
いとうせいこう

だがそれも日本人で徒手空拳で女性で小さいからこそ成り立つのではないか、とも俺は考えていた。そうでなければ宙を舞うどころか単純に殴りあいになっている。とても殴れないほど弱いからこそ、宙に放り投げるしかなかったし、助ける者も出た。それは実に醒めたリアリズムだ。そのバックで歌は続いていた。ああ、ひつの日か、たれかがくのみちを。

聖人君子ではなく

ぴかぴかの頬をしてニコニコと微笑みながら、寿加さんがこんなことも言っていたのを思い出す。

「これが4回目のミッションですけど、やりたかったことがやれてます。自分で決める裁量も大きいし、プレッシャーを越えた達成感もあるし、わたしは迷いなく活動を続けると思います。ただし......」

「ただし?」


「MSFを聖人君子の集まりみたいに見ないで欲しいんです。こんな風にいつもビール飲んで、文句たらたら言って、悪態ついて、それでも働いてるんです。だいたい、『国境なき医師団』ってなんか四角い感じじゃないですか?」

「そう、いかにもマッチョみたいな、ね」

と女性である谷口さんも言葉を加えた。

「そうそう、でも海外ではMSFなんですよね。もっと丸いって言うか、日常的と言うか、そういう活動だし、集団なんです」

なるほどその通りだと思った。女性的で、しかも活動的。そういう面をMSFの中に見なければ、結局力の強い者が支配する世界は変わらない。確かに俺はハイチでもギリシャでも"丸いって言うか、日常的と言うか"、そんな女性たちを見てきたし、ミッションにはそのしなやかな力が不可欠なのだった。

寿加さんはそれから、フランス語の勉強を始めるつもりだと言った。MSFではフランス語が共通語の活動地も多いからだ。寿加さんはどんどん前進していた。とどまるつもりがなさそうだった。

俺はそのきらきらした、しかも飲んだくれた人の笑い声の生々しさも備えた素敵な力に憧れを感じたし、爽快さも感じた。

楽しくなって三人で宿舎のほうへ帰る道すがら、日本なら小学校低学年くらいの二人の少年が俺の右腹のあたりにすっと近寄るのに気づいた。彼らは寿加さんたちに気づかれないように小さな声で「マネー」とささやき、手を出した。俺は「ノー」と言って首を振った。

しかし彼らは同じ右腹のあたりできょろきょろあたりに視線をやりながら、なおも俺についてきた。刃物を出されたら困るな、と思った。俺は刺されたくなかったし、子供にお金を渡すことで彼らに達成感を覚えて欲しくなかった。もつれる雀たちみたいに、手を出す子供たちはしばらく俺につきまとった。

この国でやっていくのはやっぱりタフなことだ、と俺は遠くに目をやりながら子供たちを恐れ、同時に無視しながら思った。

暗がりにあの男がいて、こちらを見ていた。

itou20170412110402.jpg

子供たちをやり過ごしたあとの道に輝いていたネオン

次回

profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中