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北朝鮮金正恩氏の核開発と「拷問・処刑」の相関関係
KCNA-REUTERS
<1年間に2度も核実験を行い、ミサイル発射実験も繰り返した北朝鮮。日米韓はずっとその意図を見誤ってきた。なぜ北は今年、「核の暴走」を行ったのか> (写真は今年3月に公表された、金正恩党委員長がミサイル発射を見守る写真)
2016年の北朝鮮を振り返る
北朝鮮は2016年1月6日に第4次核実験、そして9月9日に第5次核実験を強行した。2006年から3年、ないしは4年に一回だった核実験を1年間に2度も行うとは尋常ではないペースだ。また、日米韓、そして中露をはじめとする周辺国は核実験の兆候を事前にとらえきれなかった。
さらに、金正恩党委員長の「核の暴走」の裏に潜む真の狙いもつかみきれなかった。正恩氏の核・ミサイル戦略を見誤ったからだ。金正恩氏は昨年末から、今年の「核の暴走」を示唆するシグナルを発していた。
核の暴走の裏に拷問・処刑
昨年12月、金正恩氏は水爆実験に言及した。年が明けて第4次核実験の前日の1月5日に、北朝鮮国営メディアの朝鮮中央通信は「核抑止力」の正当性を主張する記事を配信した。そして、3月に正恩氏は「核弾頭爆発」の実験を早期に行えとの指示を下していた。
こうしたシグナルを通して、金正恩氏は「核とミサイルを開発していく」という強い意志を示していたのだ。
それにもかかわらず、北朝鮮の核とミサイルの狙いについては、核不拡散を訴えるオバマ政権を振り向かせ関係改善の対話を行うための「ラブコール」と見る向きが多かった。北朝鮮が核実験、もしくはミサイル発射実験をするたびに、日韓メディアは「米国との直接対話を狙ったもの」というお決まりの分析に終始し、金正恩氏の真の狙いをつかみきれなかった。
確かに金正恩氏の父・金正日総書記は、核・ミサイルを交渉カードとして活用し、米国との関係如何によっては放棄も視野に入れていたと思われる。だからこそ、実験の時期も政治的に効果的なタイミングで行ってきた。
一方、金正恩氏は政治的な効果よりも、一日も早く核・ミサイルを実勢配備することを優先している。それを裏付けるのが、2016年の2回の核実験と相次ぐミサイルの発射実験だ。仮に失敗したとしても、または度重なる実験を通して戦力が分析されたとしても、核・ミサイルの実戦配備、すなわち「核武装国家」に向かって突き進むことを決意したようだ。
今年、北朝鮮国営メディアの論説などで、とくに目立ったのが「我々の核は交渉するためではない」「我々は既に核保有国だ」という主張だ。まさに、核武装国家になるという金正恩氏の思惑を代弁していたのだ。
では、なぜ金正恩氏は核・ミサイルを米国との交渉カードにすることを止めて、核武装国家をめざすのか。その最大の理由は「人権問題」だと筆者は見る。
女子大生を拷問
米国にはブッシュ政権時代に出来た、北朝鮮人権法という法律がある。日本人拉致問題も含め、北朝鮮の人権状況が改善されない限り、米国から北朝鮮への人道支援以外の援助を禁止すると定めたものだ。恐怖政治で国民を支配する北朝鮮の体制にとって、人権問題は体制の根幹に触れるものであり、交渉のテーブルに載せることなどできるはずがない。
(参考記事:北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑)
国連の人権理事会は3月、日本とEUが共同提出した北朝鮮人権状況決議を採択した。中国、ロシアなど一部の国が採択から離脱したため、無投票採択となったが、「公開処刑」や「政治犯収容所」などに代表される残忍きわまりない北朝鮮の人権侵害に対して、国際社会は改めて強い圧力をかけることを宣言した。なによりも金正恩氏を「人道に対する罪」で調査する可能性があるとする報告書をまとめた。
つまり、金正恩氏はアドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリン、ポル・ポト、そしてスロボダン・ミロシェビッチなど「残酷な独裁者」として悪名が高い人物と同列に並べられようとしているのだ。
もちろん、金正恩氏もそして最高指導者の権威を国家の背骨とする北朝鮮当局も、こんなことを受け入れられるわけがない。物理的に放棄して取り引きできる核・ミサイルとちがい、人権侵害の罪をあがなうためには、責任者(金正恩氏)の処罰が不可欠になろうとしているからだ。
金正恩体制と国際社会との和解が極めて困難になる中、金正恩氏が体制を維持するために残された数少ない手段が「核武装国家」になることだった。仮に、米国が核保有国として認めなかったとしても、核武装さえすれば攻撃されることはない。中露をはじめとする周辺大国とは対等に、韓国や日本に対しては優位な立場に立てる。米国に到達する核ミサイルが開発できれば、あわよくば米国から一方的に譲歩を引き出せる――これこそが金正恩氏が核・ミサイル開発を進める真の狙いだ。
同時に、人権問題に関しても対話の余地を放棄しつつある。北朝鮮国内における人権侵害は、金正恩時代に入って、より悪化している。金正恩氏自身は、一般庶民より幹部に対する恐怖政治を強めているといわれているが、結果的にそのしわ寄せが一般庶民にも及んでいる。今年4月には、国家安全保衛部(秘密警察)が、些細な容疑で女子大生に拷問を加えたという衝撃的な内部情報が伝えられた。これも金正恩氏の恐怖政治がもたらした副産物だ。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...)
自国民の人権侵害を厭わず、核武装国家への道を突き進む金正恩氏。2016年は金正恩氏が体制の存続をかけて「核武装国家」をめざすことを決意した年として歴史に残るだろう。
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。