TPPを潰すアメリカをアジアはもう信じない
アメリカがハブとなりそこから放射状に各国と2国間関係を結ぶという伝統的な対アジア外交モデルと異なり、TPPにはアメリカが主導して考え方の近いアジア諸国同士を結びつけることで、より統一感や共通性のある外交・経済的なネットワークを築く狙いがあった。とりわけ大多数のアジア諸国にとって、そうしたネットワークの将来性は魅力的に映った。中国との経済的な結びつきを強化したい思惑もある反面、中国中心の経済秩序が拡大に対抗する予防線を探しあぐねていたからだ。
TPPが頓挫してトクをするのは間違いなく中国だ。中国はTPPを推進するアメリカの動きに深い疑念を抱き、中国側の関係者の多くがTPPには反中の意図があるとしてこの枠組みに憤慨してきた。批准を目指していたオバマは国民に向けて、TPPはアジアで「中国がルールを書き換えてしまう」状況を阻止できると強調し説得を試みた。一方の中国政府からすれば、TPPにはオバマ政権のアジア重視の「リバランス」安全保障政策を補完する意図が透けて見え、その目的は何が何でも中国の台頭を封じ込めることだと見なした。
失われたチャンス
アメリカの信用が失墜したことで最も深刻な影響を受けるのが、TPPの議論を最初に始めた東南アジア地域だ。アメリカがアジアでの経済的な関与を維持するのに失敗すれば、アメリカと東南アジア諸国の関係は尻すぼみになる。アメリカはフィリピンとタイ(いずれもTPP非参加国)と同盟関係を結んでいるとはいえ、いずれの関係ももろく壊れやすい。そのうえタイでは軍事政権、フィリピンではご都合主義でナショナリストの大統領が誕生するなど、両国で強硬な政治指導者が台頭したことで、それらの同盟関係がアジアにおける安全保障政策上のアキレス腱へとすり替わってしまった。
TPPが重要なのは、東南アジアには、アメリカが十分に関係を確立していないベトナムやマレーシアなどの主要な新興国を擁するからだ。貿易は、アメリカ政府との結びつき強化を望む一方で、中国の抑え込みには従いたくない同地域の多くの国々を効果的に統合する手段だった。TPPの約束を前提に急増した投資はアメリカがアジア太平洋地域との関係を育むのに役立ってきた。ベトナムとの軍事的関係も前例のない進展を見た。
しかし、こうしたすべてがいまや、幻と消えた。アジアの安全保障問題に関するトランプの考えは依然として不確かな一方で、経済的な考えははっきりしている。トランプは、国際貿易政策の「改革」を自分の政権にとっての最優先事項だと位置づけてきた。改革の対象にはTPPだけでなく、北米自由貿易協定(NAFTA)も含まれている。