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総力特集

「ドナルド・トランプの世界」を読み解く

2016年11月17日(木)15時50分
横田 孝(本誌編集長)

 実際、こうしたケースが問題になったことがある。79年、アメリカが中国と国交を正常化する上で、当時のジミー・カーター大統領は台湾との米華相互防衛条約を破棄した。

 これに当時の共和党重鎮、バリー・ゴールドウォーター上院議員が反発。議会を通さずに条約を破棄したことは越権行為だとして、カーターを提訴。結局、ゴールドウォーターが提訴する前に議会手続きを踏まなかったことから、最高裁は司法ではなく政治が解決すべき問題と見なし、これを棄却した。

 この際、最高裁はカーターの行動が違憲だったかについては判断を下していない。つまり、大統領が議会の承認を受けずに条約を破棄する力があるかは、司法上確定していないのだ。

 日本や韓国に対して米軍の駐留費の負担増を求めているトランプだが、現時点でこの問題が安全保障条約の見直しや破棄といった事態につながる可能性は小さいだろう。

 しかし、30年余り前までさかのぼってトランプの発言を調べてきた米ブルッキングズ研究所のトーマス・ライト研究員によると、彼はかなり前から同盟関係に懐疑的だったと指摘する。トランプは湾岸戦争の前、クウェートが石油による収入の25%を払わない限り、同国を防衛するべきではないと語ったことがあるという。

 同様に、トランプが主張する米軍の駐留費の大幅な負担増がドイツや日本に拒否された場合、それを口実に一方的に防衛義務を果たさないこともあり得ると、ライトは米アトランティック誌に語っている。現時点では日米安全保障条約の破棄に発展するというのは飛躍があるにしても、制度的にもトランプの信条としてもあり得なくはないことは念頭に置いておくべきだろう。

「本当のトランプ」とは

 選挙結果が確定した後、米CNNのトーク番組でコメンテーターの1人がこう言った。「これまでトランプはひどい発言を続けてきたが、もしかするとこれから本当のドナルド・トランプが出てくるかもしれない」

 そもそも本当のドナルド・トランプとは何者か。過激な発言とは裏腹に、自身のホテルのオープニングでは気さくに振る舞い、来賓一人一人に気配りを見せていたという。そして少なくとも一般には、辣腕ビジネスマンとして自力で巨万の富を築いたことにもなっている。

 しかし、本誌が報じてきたように、彼の資産総額は水増しされている可能性が高い。ビジネスで窮地に追い込まれたときは父親とそのコネにすがり、不動産帝国を拡張していく過程で多くの従業員や取引先を踏み倒したことも広く知られている。強大な権力を手にした今、国民や外国政府を同じように扱わない保証はない。

 自身の経営理念やビジネスの「秘訣」を教えるという触れ込みで設立した「トランプ大学」ではペテンまがいの商法で高額な受講料をだまし取ったとして、トランプは提訴までされている。今月末に公判が予定されており、次期大統領が被告でもあるという前代未聞の事態が起きている。

 気さくで、ユーモアあふれる気のいい男。自身を大きく見せ、富と名声に異常なまでの執念を燃やし、勝つためには手段を選ばない男。おそらく、どちらも本当のドナルド・トランプなのだろう。ビジネスマンとしての長年のキャリアを通じて裏で見せていた顔が彼の正体でなければ、一体何が本当のドナルド・トランプなのか。

 トランプは自著『トランプ自伝──不動産王にビジネスを学ぶ』(邦訳・筑摩書房)の中で、ジミー・カーターやロナルド・レーガン両元大統領を見かけ倒しの政治家とこき下ろす前に、こう記している(英語版からの翻訳)。

「人をだまし通すことはできない。熱狂的な空気をつくり、素晴らしいプロモーションを展開し、メディアの反響を受け、少しばかりの誇張はしてもいいだろう。しかし結果を出さなければ、いずれは見透かされる」

 ごもっとも。これまでのトランプの言動からすると、信じ難い文章ではある。だが、ドナルド・J・トランプは来年1月20日以降、ホワイトハウスの新たな主として、自身の言葉によって試されることになる。


 ニューズウィーク日本版
 2016年11月22日号
「総力特集:ドナルド・トランプの世界」
 CCCメディアハウス

【参考記事】ニューストピックス:トランプのアメリカ

[2016年11月22日号掲載]

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