最新記事

ポピュリズム

トランプとスペインの急進左派政党ポデモスは似ているのか

2016年11月17日(木)16時40分
ブレイディみかこ

左派と地べたの乖離

 EU離脱、米大統領選の結果を受けて、新たな左派ポピュリズムの必要性を説いているのは英ガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズだ。

 「統計の数字を見れば低所得者がトランプ支持というのは間違い」という意見も出ているが、ジョーンズは年収3万ドル以下の最低所得者層に注目している。他の収入層では、2012年の大統領選と今回とでは、民主党、共和党ともに票数の増減パーセンテージは一桁台しか違わない。だが、年収3万ドル以下の最低所得層では、共和党が16%の票を伸ばしている。票数ではわずかにトランプ票がクリントン票に負けているものの、最低所得層では、前回は初の黒人大統領をこぞって支持した人々の多くが、今回はレイシスト的発言をするトランプに入れたのだ。

 英国でも、下層の街に暮らしていると、界隈の人々が(彼らなりの主義を曲げることなく)左から右に唐突にジャンプする感じは肌感覚でわかる。これを「何も考えていないバカたち」と左派は批判しがちだが、実はそう罵倒せざるを得ないのは、彼らのことがわからないという事実にムカつくからではないだろうか。


ラディカルな左派のスタイルと文化は、大卒の若者(僕も含む)によって形成されることが多い。(中略)

だが、その優先順位や、レトリックや、物の見方は、イングランドやフランスや米国の小さな町に住む年上のワーキングクラスの人々とは劇的に異なる。(中略)多様化したロンドンの街から、昔は工場が立ち並んでいた北部の街まで、左派がワーキングクラスのコミュニティーに根差さないことには、かつては左派の支持者だった人々に響く言葉を語らなければ、そして、労働者階級の人々の価値観や優先順位への侮蔑を取り除かなければ、左派に政治的な未来はない。

出典:"The left needs a new populism fast. It's clear what happens if we fail" Guardian : Owen Jones

右派ポピュリズムを止められるのは左派ポピュリズムだけ?

 エル・パイス紙は、ポデモスとトランプは3つのタイプの似たような支持者を獲得していると書いている。

 1.グローバル危機の結果、負け犬にされたと感じている人々。
 2.グローバリゼーションによって、自分たちの文化的、国家的アイデンティティが脅かされていると思う人々。
 3.エスタブリッシュメントを罰したいと思っている人々。

 「品がない」と言われるビジネスマンのトランプと、英国で言うならオックスフォードのような大学の教授だったイグレシアスが、同じ層を支持者に取り込むことに成功しているのは興味深い。

 マドリード自治大学のマリアン・マルティネス=バスクナンは、ポデモスとトランプが相似している点は「語りかけ」だと指摘する。「トランプには理念があるわけではなく、彼の言葉は、ヘイトや、オバマ大統領が象徴するすべてへの反動に基づいています。人々の感情を弄び、極左や極右がするように、共通のアイデンティティを創出しようとします。問題は、人々の情熱がどのように利用されているかということなのです」と彼女は話している。

 感情と言葉の側面については、英国のオーウェン・ジョーンズもこう書いている。


プログレッシヴな左派は、ファクトを並べて叫べば人々を説き伏せることができると信じている。だが人間は感情の動物だ。我々は感情的に突き動かされるストーリーを求めている。一方、クリントンの演説は、銀行幹部の役職に応募しようとしている人のように聞こえた。(略)

左派も感情を動かすヴィジョンを伝えなければならない。ただ事実を述べてわかってくれるだろうと期待しているだけでは、右派の勢いを鈍らせることも、プログレッシヴな勢力の連合も築けないとわかったのだから。

出典:"The left needs a new populism fast. It's clear what happens if we fail" Guardian : Owen Jones

 ポデモスの幹部たちは「右派ポピュリズムを止められるのは左派ポピュリズムだけ」と言ったベルギーの政治学者、シャンタル・ムフに影響を受けているという。エル・パイス紙によれば、スペインは欧州国としては珍しく、英国のナイジェル・ファラージのUKIPや、フランスのマリーヌ・ル・ペンの国民戦線のような右派ポピュリズムがまだ出現していない。

 ちょっと希望の押し付け過ぎではないかとも思うが、オーウェン・ジョーンズが「ポデモスが崩れたら欧州の左派に未来はない」と言うのも、右派ポピュリズムへの抑止力として機能している左派ポピュリズムが他に見あたらないからだろう。

[執筆者]
ブレイディみかこ
在英保育士、ライター。1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。著書に『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中