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特別講義「混迷のアメリカ政治を映画で読み解く」

トランプの「前例」もヒラリーの「心情」も映画の中に

2016年11月7日(月)15時12分
藤原帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

(4)多くの映画がクリントン夫妻を描いた

 トランプ氏はアメリカ国民の60%から嫌われている、これまでの歴史にない大統領候補ですが、クリントン氏も58%のアメリカ国民が彼女を嫌いなんです。アメリカ国民が嫌いな候補2人が争うという奇怪な構図が今回の選挙戦です。

【参考記事】写真特集 究極の選択をするアメリカの本音


『アメリカン・プレジデント』
 1995年、監督/ロブ・ライナー

 クリントン夫妻ですが、私はもしヒラリー・クリントン氏が当選したら、ビル・クリントン氏は「ファースト・ハズバンド」としてそれからの4年間をどう過ごすのだろうか、ヒラリーさん以外の女性との関係をなしに過ごすことができるだろうか、という懸念をもっております(笑)。ビル・クリントンは言うまでもなく、女性関係で有名になった大統領です。トランプ氏はその点をずっと批判していますが、ビル・クリントン氏は女性関係が大統領候補になる前から有名だった人です。これを持ち上げるのが『アメリカン・プレジデント』。お薦めしない映画です(笑)。

 ここではマイケル・ダグラスが演じている......「演じている」という言葉を使いたいんですが、マイケル・ダグラスは何を演じてもマイケル・ダグラス。それがいいところでもあるのですが、どう見ても演じているように見えない。いつ見てもマイケル・ダグラス(笑)。このマイケル・ダグラスが、妻が死んだ大統領が新たなガールフレンドを見つけるという設定で、徹底的に美化された話です。


『パーフェクト・カップル』
 1998年、監督/マイク・ニコルズ

 これがビル・クリントンを思い切り飾ったイメージだとすれば、飾っていなくてリアリティがあるのが『パーフェクト・カップル』。これはご覧になった方が少ない映画だと思いますが、本当によくできた映画です。クリントンの最初の選挙戦に関わった人が匿名で内情を暴露した本がベースになっています。ビル・クリントンの最初の選挙戦を追い掛けるのですが、ポイントはビル・クリントンがいかに人をだますか、という(笑)。『オール・ザ・キングスメン』のヒューイ・ロングのような存在とは違い、自分のために人を騙すのではなく、ただ騙す人間なんです。誰かを見るとすぐ嘘をついてしまう。嘘に引き寄せられた女性がいると、妻がいるのにその女性を口説かずにはいられない。嘘をついて、騙して、たらしこむことが自分の個性といった人物。

 ビル・クリントン役は『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタです。これはあまりよくなかった。クリントンそっくりにしようとして、無理をしてそのため芝居に幅がない。ところが妻役のエマ・トンプソンが名演でした。夫が好きで好きでしょうがない、この人を大統領にするために何でもする。しかし、この夫には女性がたくさんいる。事もあろうに子供まで生んだ人もいる。そんなふうに自分に傷ついて、これで終わりだろうと思うのだけど、もちろん終わりじゃない......。ヒラリー・クリントンをここまで正確にとらえた映画は観たことがありません。

 エマ・トンプソンが、女性関係があることが分かったジョン・トラボルタをパシッと叩くところがあります。これほど見事なはたき方をなかなか見ることはできないんですが、ヒラリー・クリントンってこれなんです。ヒラリーがビルの女性関係を知らなかったはずはない、というトランプの指摘はその通りだと思います。

 同時に、その女性関係をできるだけ小さく、あるいは見ようとしないという態度をヒラリーが取ってきたこともおそらく事実でしょう。ただ、ビル・クリントンの任期の最中にだんだんヒラリーも固くなっていく。「この男のために私は人生を捧げてきた。そんなことをする甲斐のある人じゃない。女の子を追い掛けること以外、この人の頭の中には何もない」と。そうすると、私の人生は何だったんだろう、となる。断片的な証拠があるだけですが、1人娘のチェルシーはお父さんに苦しめられたヒラリーに向かって「お母さんが政治家になったらいいじゃない」と言ったといいます。ヒラリーが上院議員に立候補する前か後か分かりませんが。チェルシーにしたがって、彼女は夫を応援する人生をやめて自分が政治家になる人生を選ぶことになります。

【参考記事】最強の味方のはずのビルがヒラリーの足手まとい

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