最新記事

アメリカ社会

オルタナ右翼とゲーマーゲートと呼ばれる事件の関係

2016年9月21日(水)17時45分
八田真行(駿河台大学経済経営学部専任講師、GLOCOM客員研究員)

トランプ陣営のメディア戦略にも受け継がれたノウハウ

 正直言って、私が見たところ、海外の多くのメディアのalt-right関連の記事では、マイロ・ヤノプルス(Milo Yiannopoulos)という人がゲーマーゲートとオルタナ右翼の両方で活躍しているので、なんとなく両者を関連づけている、ということが多いように思う。ヤノプルスはオルタナ右翼の代表的メディアの一つ、Breitbartでライターをやっていた人物で、ゲーマーゲートでは先ほど述べたゲーム・ジャーナリストらの裏メーリングリスト疑惑を暴くなど積極的に活動して有名になった。

 最近ではトランプ応援団を自認し、映画「ゴーストバスターズ」のキャストの一人である黒人女優のレズリー・ジョーンズに人種差別的、ミソジニー的ツイートを連発してTwitterを追い出されるなど、オルタナ右翼のスポークスマンというか、全身オルタナ右翼という感じで華々しく活躍(?)している。

 しかし別にヤノプルスだけがオルタナ右翼というわけではないので、もう少し細かく見る必要がある。まず話の前提として、そもそもゲーマーゲート参加者が全員オルタナ右翼になったわけではない。ゲーマーゲートに関する書籍を執筆中のジャーナリスト、ブラッド・グラスゴーが行った調査によれば、多くのゲーマーゲート参加者は自分をリベラルだと考えている。オバマに投票した人が多く、死刑反対、公的社会保険賛成など政策的にもリベラル志向が強い。ゲーマー、イコール、オルタナ右翼、というような単純な図式ではないのである。

 一方で、ヤノプルスのようにゲーマーゲートからオルタナ右翼へ流れた人も相当数いると考えられる。なぜそうなったかと言えば、一つは冒頭で述べた「気分」の問題だ。ゲーマーゲート以前から、ゲームを巡る状況は少しずつ変化していた。ゲームはサブカルチャーから完全にメインストリームとなり、世界的な一大産業となった。注目度も、動く金も、かつてとは桁違いである。さらにGameSparkの記事にもあるように、かつては男性が圧倒的多数を占めていたゲーマーも、近年では多くの国で男女ほぼ半々となっている。クインのように、ゲーム業界の開発者や管理職にも女性が増えてきているようだ。

 このような構造的変化を背景に、それまで主に若い男性をターゲットに作られてきた、男性中心的なゲームに対する女性からの不満の声が少しずつ大きくなってきた。そうした声に応え、Mass Effectのように同一人物でありながら主人公の性別を変更できるようにしたゲームなど様々な試みが行われたが、今度は男性ゲーマーのほうに漠然とした不満がたまってきていた。

 暴力とエロスはゲームに限らずアンダーグラウンドなサブカルの定番で、魅力の根源とも言える。しかしゲーム業界が主要産業として確立されて社会的地位が向上していくに従い、様々な形で「健全化」が図られるようになった。このとき理論的支柱となったのがラディカル・フェミニズムで、その尖兵が例えばサーキージアンだ。これは旧来のゲーマーからすれば、これまでのゲームの良さ、(男性主体の)ゲーマーの価値観、アイデンティティが危機にさらされている、ということになり、さらには男性が、極端なフェミニストとそれに結託したメディアによって迫害されている、という「気分」へとつながる。クインやサーキージアンの事件は、こうした「気分」にそれなりの根拠を与えた。そしてこの「気分」こそが、オルタナ右翼へのラジカライゼーションに道を開いたのだ。

 言い換えれば、ゲーマーゲート参加者は、元々最近のゲーム業界のあり方を巡って漠然とした不満があったわけだが、彼らはゲーマーゲートに参加することで、初めてラディカル・フェミニズムという具体的な「敵」とそれがもたらす「問題」を発見したのである。ラディカル・フェミニズムをメディアが結託して支持し、ポリティカル・コレクトネスを錦の御旗に掲げ、適当なことを言って自分たちの好きなゲームをおとしめ、ゲームにおける表現の自由を抑圧しようとしている。そうした「敵」に対抗するための手段、理論的支柱として、一部のゲーマーゲーターは、アイデンティタリアニズムのようなオルタナ右翼の思想を見いだしたのである。

 逆に言えば、思想としては数年前から存在していたが、ある程度以上の広がりのある支持層を持たなかったオルタナ右翼の思想は、ゲーマーゲートの中にその一つを得たのだった。また、ゲーマーゲートは、ソーシャル・メディアにおけるミームの拡散やオンライン・ハラスメントによって「敵」を右往左往させるという成功を収め、参加者にある種の成功体験を提供した。こうしたオンラインの情報戦で優位を握るノウハウは、オルタナ右翼、ひいてはトランプ陣営のメディア戦略にも受け継がれていると言えるのである。


※当記事は「八田真行さんのブログ」からの転載記事です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IT大手決算や雇用統計などに注目=今週の米株式市場

ワールド

バンクーバーで祭りの群衆に車突っ込む、複数の死傷者

ワールド

イラン、米国との核協議継続へ 外相「極めて慎重」

ワールド

プーチン氏、ウクライナと前提条件なしで交渉の用意 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドローン攻撃」、逃げ惑う従業員たち...映像公開
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 8
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中