民主党大会でTPPに暗雲、ヒラリーが迷い込んだ袋小路
これが誤算だったのは、マコーリフの発言こそが、まさにクリントンが考えていた逃げ道だったと思われるからだ。マコーリフは、クリントンがTPP賛成に転じる条件として、「多少の修正を加える」ことを挙げていた。
これまでクリントンは、「今のままではTPPに賛成できない」と繰り返し、明言こそしないものの、何らかの修正を加えたうえで賛成に転じる余地を、慎重に残してきたようにみえた。
ところが、マコーリフの発言を否定するために、クリントンはそうした逃げ道を自ら塞いでしまった。議会を説得するためにTPPの内容を見直そうにも、もはや多少の小細工では許されない。ハードルは高くなった。
支持者は保護主義を求めていない
いくら選挙のためとはいえ、ここまでクリントンが袋小路にはまり込む必要はあったのか。
世論調査は別の絵を描き出す。回答者の過半数は、外国との貿易を機会と考え、前向きにとらえている。その割合は、2010年前後から上昇傾向にある。
とくに驚かされるのは、民主党支持者の意識である。米国では、「共和党は自由貿易、民主党は保護主義」と考えられてきた。実際に、党大会に集まった熱狂的な民主党の支持者や、労働組合などの利益団体は、これまで以上に保護主義を強く主張している。
現実はどうか。同じ世論調査を支持政党別にみると、貿易を前向きに考える割合は、共和党支持者よりも、民主党支持者の方が高い。世論調査を見る限り、クリントンには、自由貿易支持に回帰する道が残されているように思われる(図表)。
TPP再起動には時間
クリントンが袋小路から抜け出すには、しばらく時間がかかるかもしれない。
ここまで反対姿勢を明確にしてしまった以上、クリントンが当選直後にTPPに取り組もうとすれば、せっかく選挙で得た勢いが失われかねない。それでなくてもクリントンには、移民制度改革など、優先したい課題がある。そのため民主党関係者は、改めてクリントンがTPPに向き合うには、就任2年目以降まで待つ必要があるとみる。それどころか、クリントンが当選した場合には、「なぜ通商が米国の有権者のためになるのか、何年もかけて、初歩の初歩から説明をやり直す必要がある」との指摘すらきかれる。
党大会の最終日に行われた指名受諾演説で、クリントンはTPPに言及しなかった。労働組合などは、TPPに一気にとどめをさそうと、演説のなかでTPPを批判するよう、盛んに働きかけていたという。TPPは、挫折の瀬戸際まで追い込まれながら、なんとか踏みとどまっている状況である。
安井明彦
1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。